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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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17/38

期限、迫る(後)

午後の執務室は、朝よりも少しだけ熱を帯びていた。

人が増えたわけじゃない、音が増えた。


キーボード、紙の擦れる音、椅子が引かれる音。

誰かが短く指示を出し、別の誰かが「了解」と返す。

昨夜の二人の音とは違う。今は、全員の音だ。


「――じゃあ、ここからは作業よ」


「どれだけアイデアが良くても、伝わらなければ意味ないわ。

 ここからが本番だと思って、頑張りましょう!」


如月さやが、会議室ではなく執務室の共有スペースに立って言った。

机の上には、今朝の原稿と、企画書の骨子案、

そして白紙の「提出用フォーマット」が広げられている。


「時間、切るわ。いったん17時まで。

 そこで一回、全員の成果物を統合して、

 資料として“読める”状態にする」


南雲りこが、すでにノートPCを開いて頷いた。


「提出フォーマット、最新版に合わせて整形します。

 皆さん、できた順に投げてください。

 意図が伝わるレベルでも大丈夫です。私が整えます」


「……制作陣は体裁を気にしなくていいから、とにかく内容!

 何を伝えるか、どう伝えるか、それだけに注力して」


「じゃ、各自作業開始!」


如月が手を叩く。

その音を合図に、フロアが一斉に動き出した。



ひなたは、佐久間と並んで原稿データを開く。

画面の白が眩しい。

徹夜明けの目には痛いはずなのに、不思議と嫌じゃない。


「抜粋って、どこから取ります?」


佐久間が言う。声が少し乾いている。


「澪が“欠ける”瞬間は取る。でも、全部は出せない」


「じゃあ、“欠けた”って分かる一行だけ?」


「……いや、一行だけだと説明になる」


ひなたは指先でスクロールを止める。

澪の「間」。呼吸。言葉の前の一拍。

そこを削った瞬間、ただのイベント説明になる。


(削りたくない。だが、削らないと紙面にならない)


如月が横から覗き込む。


「“体験”の核だけ残す。

 文章は、読ませるためにあるんじゃない。

 引っかけるためにある」


「……分かってます」


ひなたは頷き、原稿の中から「一拍で刺さる部分」だけを拾う。

台詞をそのまま貼るのではなく、企画書としての言葉に変換する。

意図は残して、刺さる形にする、キャッチコピーの要領に近い。


佐久間が横でメモを取る。


「“温度が落ちる”って注釈、企画書に残します?」


「残す。そこは削ると死ぬ」


「了解。……じゃあ、台詞は短くします。

 『あなたは……誰――?』は残す」


ひなたが小さく息を吐く。

昨夜、あの一行にどれだけ時間を使ったか。

それを“企画書の部品”にするのは、胸が痛い。


伝えたいことは決まっているのに、できているのに。

それを削らなければいけない。

新人の頃は、意味の分からない作業だと思っていた。

すでにモノがあるのだから、それで判断すればいいのではと。


だが、今になって分かる。

言いたいことを要約できないなら、まだ自分の中でも核を掴み切れていない。


これは、必要な工程なのだ。

広げては削り、削った先でもう一度広げる。

面倒でも、その往復を重ねなければ、自分が見ているものは他人へ渡せない。

少なくとも、ひなたはそうやって答えへ近づくしかなかった。



一方、橋本は紙を広げていた。

企画書の一枚目。空白。そこに、三枚の枠。


「企画書って、読み手の時間の奪い合い――」


橋本が独り言のように言い、ペン先で枠の順番をなぞった。


「見出しがあると、人は安心して流す。

 箇条書きがあると、分かった気でチェックを終える。

 だから――先に“想像”を起こす」


乙部が横から覗いて笑う。


「橋本さんって意外と熱いんだねぇ〜」


そう言って、橋本の顔を覗き込む。


「乙部さん……急に何ですか!」


「いや〜営業なんて、結局のところ売ってナンボ。

 そういう人が多かったからさ〜」

「意外とクリエイターの言い分、聞き入れるんだってね」


「……俺にだって、信念があります。

 売るために作品を曲げるのは、本心ではない」

「今回は、イケると思ったから、乗っただけです」


「確かに〜」

「原稿を読んでるとき、ちょっと涙ぐんでたもんね」


「……なっ!」


「あははっ。やっぱそうだったんだ」


「そ、そんなことはないですよ!」


「ま、本人が言うなら、そういうことにしておこうか〜」


乙部に弄られながらも、作業は止めない。


「……もう、時間がないんですから。集中してください」


橋本なりの意地を感じる。


「熱い方が、好感持てるけどな〜」


「常に冷静じゃないと、守りたいものを守れないので」


「いいものが勝手に売れるほど、甘い世界じゃないからね〜」


「ええ。だから、売れる形まで俺が持っていくんです」


橋本は照れを隠すように紙へ視線を戻し、ペンを握り直した。


「三枚で“変化”を先に脳に打ち込む。

 文章は、その後に追いつかせる」

「この作品の“核”を、惜しみなくアピールする」


三角が向こうの席から顔を上げる。


「それ、ゲーム側の導線にも使えます。

 ログイン画面の告知、SNSの固定ポスト、

 バナー差し替え……全部統一できる」


「ええ。統一できるのは強みです。コンテンツが溢れてる今は、

 バラバラに打つと埋もれます」


橋本が即答する。

その言葉は、今朝までの“壁の外の声”じゃない。

同じ戦場に立っている人間の声だった。



17時。


南雲の席に、資料が集まり始めた。

ファイル名が増えていく。更新履歴が積み重なる。


「……統合、入ります!」


南雲が言うと、如月が立った。


「一回、止める。できてるものから調整していく。

 企画書として読める形にしていくわよ」


フロアの空気が、わずかに張り詰めた。

皆、バラバラに作業をしていたのだ。

調整だけでどうにかなるのか、その不安が付きまとう。


南雲が画面を見せる。

三枚の枠、短文、箇条書き、

そして「誓約同調」へと繋がる構造。


「……読み順、こんな感じです。

 三枚→短文→箇条書き→最後に設定名」


橋本が頷く。


「悪くない。……ただ」


その言葉で、ひなたの背中が硬くなる。

橋本は、短文化された文章を指先で叩いた。


「ここ、もう一段“何が起きるか”が分かる一行が欲しい」


時間がない中でも、ギリギリまで粘って最適解を探す。

それができなければ、この世界では生きていけない。


「一行で説明した瞬間に装置になる、

 って言ったのは橋本さんでしょ」


三角が苦笑いで言う。


「分かってます。

 だから“説明”じゃなく“約束”にしたい」


橋本は目を細めた。


「この企画で、ユーザーが得られる体験の約束。

 ネタバレにならない範囲で“戻れない”が分かる一行」


乙部が、楽しそうに言う。


「ほうほう。売りの一文、じゃなくて。

 体験の約束の一文ねぇ〜」


「モノは言いようだけど、具体的にはどうしようか〜」


視線が、ひなたに向けられる。

そう……ここは、俺の、俺だけの領域だ。


「……“強くなる代わりに、何かが欠ける”は?」


橋本が首を振る。


「抽象が強すぎる。どの作品でも言える」


「じゃあ……“守るために、守る理由を失う”」


佐久間がぽつりと言う。

声は小さいのに、空気が一瞬止まった。


南雲が息を吸う。


「……それ、刺さります」


如月が目を細めた。


「確かに。言葉の矛盾が……想像を掻き立てるわね」


橋本が、そこで初めて笑うでもなく、肯定の表情をした。


「――それです。ネタバレじゃない。でも、戻れない」


三角が頷き、ゲーム側の言葉に落とす。


「それ、見出しにできます。

 “守る理由を失っても、彼女は守る”。周年の重さが出る」


南雲が即座に打ち込む。


「一文、確定で入れます。

 見出し位置は三枚の下、短文の頭に」



18時を過ぎると、世界が加速する。

提出の時間が近づくと、全員の視界が狭くなる。


白石から、ラフが一枚届く。

背中の澪。警報灯。結界の亀裂。

“守る”が一発で分かる構図。


「……いい」


ひなたが言うと、白石は返事を返さず、次の線に潜っている。

その沈黙が、頼もしい。


二枚目、同じ構図。

目だけが遠い、泣かない。温度が落ちる。

説明してないのに、“欠けた”が分かる。


三枚目。

仲間の背中。澪の手が止まっている。

武器は握っているのに、出られない。矛盾が刺さる。


橋本が、紙面に貼った状態を確認して言う。


「これなら、企画書だけで勝負できます。

 読む前に引っかかる」


如月が頷く。


「……よし。これで行きましょう」



18時58分。


南雲の画面で、ファイル名が最後に更新される。


「提出用PDF、書き出しました!」


「送って」


如月が言う。

送信ボタンの上で、一瞬だけ指が止まる。

その一秒に、今日の全部が詰まっているように見えた。


――勝てる形にした。

だが、それでも不安は消えない。

これで足りるのか。もっと上はないのか。

思考を止めたら負けだ、と誰かが言っていた。


如月が、送信した。


「……提出、完了」


その言葉と同時に、フロアの音が一瞬だけ途切れる。

そして次の瞬間、誰かが小さく息を吐き、椅子にもたれた。


佐久間が、乾いた笑いを漏らす。


「……終わったぁ〜!」


三角が笑う。


「今日、長かったっすね」


乙部が両手を上げる。


「おつかれさま〜!」


橋本が、端末を見たまま言った。


「……データ班、もう提出済みたいですね」


その一言で、空気が少しだけ変わる。

見えない相手。見えない案。

週明けまで、互いに中身は見られない。


如月が短く言った。


「週明け、データの案を待ちましょう」


ひなたは、画面の一文を見つめた。


――“守るために、守る理由を失う”。


守った、形にした。

でも、勝てるかは分からない。


それでも。

やれることは、すべてやり切った。


フロアの照明が少しだけ落ちる。

金曜の夜が、会社の外で始まっている。


ひなたは、スマホの画面を一度だけ見た。

未読の通知。どうでもいいニュース。

それを、伏せる。

今は、見ない。

勝負の前に、心を散らしたくない。


「……疲れたぁ〜」


ここまでの張りつめた緊張が解け、

疲れが一気に襲ってきた。


週明け。

社内レビューで、どちらが選ばれるか。


ひなたは、紙の束の端を指で押さえた。

薄いのに、重い。


(……勝てる形にはした)


あとは、週明けだ。


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