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俺の文章は、どこにある  作者: たつき


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13/38

シナリオライターの矜持

午後の会議室は、午前と空気が違った。

机に並ぶ紙の量が増え、椅子に座る人の“肩書き”が増える。

そのぶん、言葉が硬くなる。


午前中の熱は、まだ胸の奥に残っている。

けれど――ここから先は、熱だけじゃ通らない場所だ。



「プロデューサー、営業、制作進行も揃ったので……始めましょう」


如月さやが、淡々と切り替えた。

プロデューサーの神谷が、企画書の一枚目を眺めたまま、

ゆっくり息を吐く。


「……だいぶ、頑張ってくれたみたいだな」


思わず漏れた、という声だった。

神谷が、如月に向かって告げる。

驚きと、少しの戸惑い。


神谷は顔を上げた。


「いいと思う」


その声に、周りから安堵の声が漏れる。


「1.5周年で“強い絵”に寄せつつ、作品の芯が残ってる。

 復帰勢に対しても、訴求は十分だろう」


「だが――」


「唯一の懸念は……このゲームを全く知らない人に、

 魅力が伝わるか、だな」


そのことは、心のどこかで懸念していた。

ひなたは小さく唇をかみしめる。


神谷の「懸念」という言葉が、会議室の空気に薄く滲んだ。


“伝わるか”。


それは、否定じゃない。

むしろ、ちゃんと見たうえでの確認だ。


分かっている。分かっているのに――

ひなたの背中が、ほんの少しだけ硬くなる。




新人の頃、まだ自分の言葉が浅くて、説明だけが長くて。

「分かりにくいね」

その一言で、胸の中の火が丸ごと消えた日のこと。


誰も悪くない顔をしていた。

みんな真面目で、失敗したくなくて、正しいことを言っているだけだった。


でも――その“正しさ”が、作品を殺す時がある。


伝える努力が足りない。売りが弱い。もっと刺さる一言を。

言われたこと自体は、正論だ。

正論で殴られると、反論は難しい。

反論できないから、飲み込む。


飲み込んだぶんだけ、作品は少しずつ別物になる。


“分かりやすく”したはずなのに、

気づけば、キャラが“説明のための人形”になっている。

それを、何度も見てきた。


だから怖い。

この会議室が優しいぶん、なおさら怖い。


優しい言葉で、綺麗に折られる。

火は消えない。ただ、形を変えて、弱くなる。


――今回は、そうしたくない。


ひなたは、机の端にある企画書の紙束に視線を落とす。

午前中にみんなが熱を注いだ。

澪の怖さも、強さも、芯も。

あれを“資料の都合”で摩耗させたくない。


だが、会社員である以上、伝えられなければ負ける。

その現実が、喉の奥に重い。



現場の顔色が変わるのを察知してか、神谷が続ける。


「前提……新規への訴求は、分かりやすい命題である一方、

 扱いにくい課題でもある」


「一歩間違えば、無理な要求の押し付けになってしまう。

 だから、この会議でも慎重に扱いたいと思う」


神谷は、言葉を選びながら伝える。


「どうしても我々は内容を深く知っている分、

 展開に今までの期待を込めてしまう。

 だから、フラットな意見を持ちにくい」


「それを考慮した上で、皆の意見を聞きたい」


神谷の言葉は、ひなたの言いたいことを内包していた。

事実、この現場は十分すぎるほどに、優しい。


だからこそ、難しい。

クリエイターとして譲れないものと、ビジネスとしての妥協ライン。

その境目の判断が、難しい。


ひなたが答える前に、如月が拾う。


「午前の制作会議では伝わりました。絵も立ちました」


「だから、午後は“外に出す形”の詰めだと思っています。

 議論をするのであれば、具体的な意見を願います」


制作進行の人間が、手元の資料をめくる音がする。

その向こうで、営業の橋本が、にこりともせずに口を開いた。


「企画としては、いいです」


一拍。

褒め言葉に聞こえるのに、褒めていない声。


「ただ、“売り”が薄い」


「悲しいことが起こる、じゃなくて――

 “何が起こるのか”、もう少し分かる形にしたいです」


如月が、すぐに言い返さない。

橋本の言葉を最後まで待ってから、落ち着いて返す。


「現状でも“怖さ”を十分すぎるほどに表現しています。

 これ以上具体的にすると、それは説明になります」


橋本は首を横に振った。


「その“怖さ”が、企画書だけだと伝わりきらない」


「PVに落として、バナーに落として、SNSで切って……

 って時に、説明できるフックが欲しい」


乙部が、間に入る。


「橋本さんの言い分も分かるよ〜。

 出し方を考えるのは必要だと思う〜」


「ただ――全部見せたら終わる、ってのはどう思ってます?」


「全部は見せませんよ。

でも、“何が失われるのか”が曖昧すぎると――」


「受け手は、適当に怖い話だと処理します。

 今はコンテンツが多いんで。そこで終わりです」


空気が一段冷える。

午前の空気とは違う、数字と勝ち負けの匂いがする。



如月が、少しだけ椅子に深く腰を沈めた。


「……橋本さんの言う“売りの一文”が欲しい、は分かる」


「ここまで寄せたのも、勝ち筋を作るため。

 私たちは、同じ方向を見てる」


「橋本さん。じゃあ、あなたが言う

 “売りが分かる形”って、どこまで?」


「例えば――」


橋本は迷わない。


「鍵片を嵌めた瞬間に、澪が“何を失うか”が分かる一言が欲しい」


「名前でも、顔でも、仲間への認識でも。

 とにかく“商品説明”ができる一文」


「それは……」


如月が言いかけて止める。

止めた理由が分かる。

それを言った瞬間、作品の核が“装置”に落ちる危険がある。


代わりに、三角が前に出た。

午前の味方のまま、午後でも味方として動く。


「橋本さん、それ、分かるんですけど。

 “失うもの”を名前で固定した瞬間に、

 物語はその解決に走ります」


「最適化?」


「はい。『じゃあ、どうやって澪の記憶を戻す?』って」


「今回の企画は、そこに寄せたくない。

 だから“欠ける”を曖昧にしてるんです」


橋本は眉ひとつ動かさない。


「その“寄せたくない”は、制作側の美学ですよね」


「勝負の周年なんです。負けても仕方ない、

 って言うなら止めませんけど」


言葉の刃が、まっすぐ飛んできた。

会議室の端で、白石が息を飲むのが見える。

制作進行が目線を落とす。


如月の声が、少しだけ低くなる。


「橋本さん。負けても仕方ない、とは思ってません。

 私たちも、勝つために、今、ここまで寄せた」


「でも、今回の1.5周年で伝えるのは、

 この物語の分かりやすさじゃない」


「この“作品”が持つテーマ、

『少女たちは何のために戦うのか』

 その物語が持つ、魅力ではないのですか?」


その言葉に、周りが賛同する。

だが、橋本は譲らない。


「なら、“勝てる伝え方”が欲しい」


「企画書で、理解させてください。

 現場の熱じゃなくて、資料で」



ひなたは、ここまで黙っていた。

黙って、橋本の言葉を飲み込んでいた。


“資料で”。


言われて当然だ。

自分たちは会社員で、仕事としてゲームを作っている。

伝わらないなら負ける。


――でも。


ひなたの中で、付箋の『仲間』が、喉の奥で熱を持つ。

ひなたは、椅子の背から身体を起こした。

声を張るわけでもなく、ただ、逃げない声で言った。


「橋本さん。企画書だけで“怖さ”を説明しきるのは無理です」


橋本が、即座に返す。


「無理なら、勝てませんよ」


「わかりました。俺が“怖さ”を証明します」


「――書きます」


「は?」


「シナリオです。判断材料を、文章で出す」


橋本が、口角だけ動かす。


「それ、企画書に伝わらないって言ってるんです」


ひなたは頷いた。

頷いてから、言葉を選ばずに続ける。


「俺はライターなんで。

 証明できるのは、シナリオの上でだけです」


会議室の空気が、少しだけ止まる。

如月が、ひなたを見た。止めない目だ。

ひなたは、橋本を見る。


「俺が原稿で“面白さ”を通す。

 橋本さんがそれを読んで、理解できたなら――」


一拍。

言い切る。


「それを“売れる企画”として落とし込んで、

 伝える努力をするのは、営業の仕事ですよね」


橋本の目が、ほんの少しだけ細くなる。

怒りではない。測っている。


神谷が、口を挟む前に、制作進行が小さく言った。


「……でも、時間が」


それが現実だ。

午後の会議は、その現実を突きつけるためにある。


如月が、ひなたの代わりに確認する。


「明日の朝まで。初稿、間に合う?」


ひなたは、迷わなかった。


「間に合わせます」


「徹夜になるわよ」


「はい」


「今日の夜、帰れないわよ」


「帰りません」


それは、虚勢じゃない。

午前の熱とも違う。

淡々とした覚悟だった。



橋本は、数秒黙ってから、短く息を吐いた。


「……分かりました」

「……まずは、読ませてもらいます」


負けた顔ではない。

“条件を飲んだ”顔だ。


神谷が頷く。


「柏木、頼む。ここまで来たなら、

 最後に“伝わる”を取りに行こう」


如月が、机を軽く叩く。


「じゃあ決定。今夜、柏木くんがシナリオを書く」


「明朝、その原稿で最終判断」


三角が、ひなたの方を見て、小さく笑った。


「先輩。ここ、俺も立ち会います。

 逃げ道、塞ぎましょう」


「……助かる」


白石が、遅れて息を吸い直すみたいに言った。


「原稿、上がるなら……

 絵、さらに固まります。待ってます」


ひなたは頷いた。

胸の中で、何かが静かに燃える。


会議が終わる。

椅子が引かれ、紙がまとめられ、人が出ていく。


最後に如月が、ひなたの横を通りながら、小さな声で言った。


「無茶はさせたくない。

 でも――無茶をしないと守れないものがあるなら」


「本気で、守り抜きなさい」


ひなたは笑わない。

ただ、短く返した。


「……書いてきます」


午後の会議は終わった。

ここから先は、また一人だ。


けれど今は、孤独が怖くない。

書いた文章が、明日の朝、誰かの“答え”になる。

それだけを信じて、ひなたは席に戻った。


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