第40話 華燭の夜、復讐の炎
王宮の舞踏会場。
王家直属の楽団が指定の場所に座り、既に音楽を奏で始めている。
メイド達は食事や飲み物の用意を行っていて、大量の食器やグラスが用意されていく。
燭台の蝋燭も新しいものに取り換えられており、シャンデリアはいつも以上に輝きを増していた。
ニコとフロムは既に会場の中に居て、今は着々と用意されていく様子を、壁に張り付きながら眺めている。
「凄いね……」
「ああ、凄いな……」
「王家が本気になると、こんな風になるんだね」
「……もうすぐ来賓客が入ってくる……そしてらもっと凄い事になるぞ?」
フロムが警告するようにニコに言う。
「分かってるよ……この広い会場が来賓の方々で一杯になるんだよね……うん、緊張する」
ふと視界の中に自分たちを呼んでいるジェシカ班長の姿を捉える。
ニコとフロムは慌ててジェシカの元に駆け寄る。
「何でしょのうか?」
ニコとフロムがジェシカの前で騎士の礼をとる。
「間もなく開場する……招待客や来賓の方々が入場してくる。フロムは楽団の傍に移動、ニコは飲み物の提供場所での監視を開始しろ」
「「はい」」
「特にニコ。食事や飲み物に変な物を混入されないか、注意しておくんだぞ」
「承知しました」
ジェシカはそう言って、次の指示を出しに別の騎士達の元に向かう。
「フロム、また後でね」
「ああ、そっちも頑張れよ」
フロムとニコは片手を上げて、掌で叩きあう。
そして二人が担当場所に移動すると、王家の従事長の声が響く。
「只今より、舞踏会場の開場をします」
舞踏会場の扉が開かれ、最初に入場する貴族の名前が読み上げられる。
正装した貴族のカップルが静かに会場に入ってくる。
それを合図に、楽隊の音楽のボリュームが上がり、貴族たちが続々と入場してくるのだった。
◆
王都貴族街。
普段は閑散としているこの時刻だったが、今日は特別な日なので至る所に馬車の姿が見受けられた。
中級貴族たちは既に王宮に到着していたが、上級貴族たちはこれから会場入りするのだ。
そして例外の貴族も、これから王城に向かおうとしている所だった。
アンダーウォーターは男爵の身分ではあったが、過去の功績と王家との関係の深さにより、今宵の舞踏会に特別に招待されていたのだった。
「そろそろ我々も向かうとするか」
アンダーウォーター卿は傍らの妻に声を掛ける。
妻が頷き、二人は応接室のソファから立ち上がる。
玄関には既に二頭立ての馬車が用意されていて、御者台には御者が既に乗車して待機していた。
アンダーウォーター卿は満足そうに頷くと、妻を先に馬車の中へと乗り込ませる。
続けて自分も馬車に乗り込もうとした瞬間だった。
背後にいた従者がアンダーウォーター卿の襟首を掴むと、強引に地面に引きずり倒す。
「ぎゃあああっ……」
「あ、あなたっ……」
妻が声を上げようとすると、メイドの一人が背後から彼女の口を塞ぐ。
「声を出すな……お前たちの舞踏会への参加はキャンセルだ……」
従者の男の低い声がアンダーウォーター卿の動きを止めさせる。
「き、貴様……こんな事をしてただで済むと思うなよっ!!」
アンダーウォーター卿は仰向けにひっくり返ったまま、従者を睨みつける。
しかし従者は軽蔑したような笑みを浮かべ、アンダーウォーター卿を見下ろす。
「それはこっちの台詞だ……今までの数々の悪行三昧……ただで済むと思うなよ」
そう言って従者が指を鳴らす。
数人の黒い服を着た男達が現れ、アンダーウォーター夫妻を拘束する。
「まずは部屋に戻ってもらう……楽しい夜になりそうだな」
そして夫婦は男達に引きずられて、屋敷の中へと戻っていくのだった。
◆
夫婦が応接室へと引き戻される。
応接室のソファには恰幅の良い男が一人座っていた。
アンダーウォーター卿が男に向かって叫ぶ。
「貴様、何者だっ!! 儂をアンダーウォーター男爵と知っての事かっ!!」
アンダーウォーター卿が大声で喚くが、ソファの男は全く気にした素振りを見せない。
「……久しぶりだな、アンダーウォーター。二十年ぶり……いや、正確には十八年ぶりか?」
「……な、なに?」
「ふん。この顔を見忘れたのか……まあいい。貴様などに覚えておいて欲しい訳では無いからな」
男はソファからゆっくり立ち上がる。
「……フェアチャイルド子爵……この名前に聞き覚えがあるだろう?」
「……貴様……ひょっとして……」
男は酷薄な笑みを浮かべて自分の名前を告げる。
「フェアチャイルド子爵家騎士団団長、グランツ・マクダネル……主君の仇を討ちに来た」
「ひっ……」
アンダーウォーター卿の顔から血の気が引く。
「この場で斬って捨てるのも良いが……それでは気が済まぬ連中も多いんでな……」
グランツが指を鳴らすと、アンダーウォーター夫妻を取り押さえていた男達が、夫婦をソファに座らせてロープで縛り上げていく。
「貴様たちには特等席で、この屋敷の最後を見届けてもらう……」
アンダーウォーター夫妻に猿轡が為され、二人は唯々うめき声を上げる事しか出来ない。
そんな二人にグランツが低い声で語り掛ける。
「しかし、わたしも鬼ではない……殺して欲しくなったら言え……首を掻き切ってやる位はしてやる」
その言葉を合図にしたように、黒ずくめの男達がカーテンやタペストリーに火を放っていく。
グランツは椅子を引き寄せると、アンダーウォーター夫妻の前にドカッと座る。
「さて……思い出話でもしようじゃないか……」




