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第39話 鐘が鳴る前に

 


 王都。


 とある貴族のタウンハウス内の一室。



 アグネスは今、その部屋の中央で椅子に座っていた。


「本当によろしいのですか?」


 メイドは微かに震える声でアグネスに尋ねる。


「うん。ばっさりとやってくれ」


 メイドはそう言われて、アグネスの艶やかな金色の髪に触れる。


 腰まで伸びた見事な髪を、アグネスは今、切り落とそうとしている。


「……どのような長さにいたしましょうか?」


「ぱっと見、男性に見える位に……フランツ位にしても構わないよ?」


「……アグネス様……」


 メイドは震える手に挟みを持つ。


 鋏の刃が髪に触れる。


 シャキンッ


 ファサッ


 アグネスの首の後ろ辺りから、髪の毛の感触が消える。


 メイドは切り落とした髪を、丁寧に白い布の上に置く。


 その髪を横目で見ながら、アグネスが口を開く。


「そうだ……一房だけ、髪が結える位だけ残しておいてくれるかな……」


「……かしこまりました……」


 メイドの手はもう震えていなかった。


 シャキン、シャキンと鋏の音だけが室内に響く。


 そしてアグネスの要望通りに、一房だけ残して、アグネスの髪型は男性の短髪になる。


「……アグネス様……このような感じでよろしいですか?」


「うん。中々男前じゃないか、わたしは」


 メイドの目が潤み、一粒の涙が零れ落ちる。


「アグネス様……髪は女の命とも言われます……此処までしなければならなかったのですか?」


 アグネスは鏡に自分の姿を映しながらメイドに答える。


「……ケジメなんだ……これが、わたしなりのケジメ……」


 そしてアグネスはメイドに微笑みかける。


「さあ、最後の仕上げだ……この一房を、可愛く結い上げてくれ」


「……はい」


 メイドは何度も頭を下げながら、アグネスの髪を結い上げるのだった。


 ◆


 ヴァルキュリア騎士団の練兵場。


 此処には市中の警護に従事する騎士達が整列していた。


 その騎士達の前に、団長のアレクシアが立つ。


「傾聴っ!!」


 コリーナの大きな声に、全員が踵を鳴らして直立不動になる。


「諸君、いよいよ今夜は王女殿下の婚約披露舞踏会が行われる」


「事前の調査により、今夜不穏分子による騒ぎが発生する確率が非常に高い」


「我々は王家の安寧の為に設立された騎士団である。市井の警護に不満を持つ者がいるやもしれない……しかし、考えて欲しい」


「王都の安寧こそが、王家の安寧に繋がる事を……諸君らの活躍に期待する」


「全員休めっ」


 コリーナの掛け声に、全員が休めの姿勢になる。


「これよりは、各班の班長の指示に従い任務にあたれ……以上だ、解散っ!」


 班長クラスの騎士達が一斉に騎士の礼をとり、そのまま配下の騎士を連れて移動を開始する。


 アレクシアとコリーナは騎士達の動きを見つめながら、小さな声で会話する。


「ヴァスケスの班は既に行動中なのですか?」


「ええ……彼女には一番危険な任務に就いてもらっているのよ」


「そうですか」


 コリーナの表情が少しだけ曇るのをアレクシアは見逃さなかった。


「心配……よね。同期だったわね、あなた達」


「はい。あんな奴ですが、何故か気が合いまして……」


「大丈夫よ……ヴァスケスなら任せられると信じたの……」


「団長……」


 コリーナはアレクシアの目を見つめる。


 アレクシアはそんなコリーナに語り掛ける。


「さあ、ヴァスケスを見殺しには出来ないわよ……次の作戦に移りましょう」


「はい」


 アレクシアとコリーナは連れ立って、ヴァルキュリア騎士団の本部へ移動するのだった。


 ◆


 西の空が藍色とオレンジ色に輝き、夜の帳を感じさせる時刻。


 王都の商店街の一角。


 空き家となっていた筈の店舗の中に明かりが灯る。


 室内には十数人の男達が、暗い色調の服装を身に纏っていた。


 男達の中から、一人の男が蝋燭の灯る燭台を持ち上げる。


「……いよいよ決行の時だ……もはや言葉はいらぬ……王家に鉄槌をっ!!」


「「「王家に鉄槌をっ!!」」」


 男達の低い声が重なる。


「夕刻を知らせる大聖堂の鐘が鳴る……これが合図だ」


「「「おうっ」」」


 其処に聖者と呼ばれる男が姿を現す。


「……来たか……お前の方の準備はどうだ?」


「既に百人ほどの人数が集結しております……花火が打ち上がったら、市中に繰り出す予定です」


「……相変わらず、人をのせるのだけは上手いな」


「これは手厳しい……しかし、わたしの力を見込んでの計画でもあるのでしょう?」


「否定できぬな……」


 男は苦笑する。


「しかし、全ては今は無きフェアチャイルド様の遺恨をはらすため……頼むぞ」


「心得ております……で、現御当主様は?」


「御当主様は舞踏会場に直接向かわれる……御当主様の覚悟を無にする訳にはいかぬ」


 その言葉に、室内にいる全員が大きく頷く。


「そしてグランツ様は、あの憎っくきアンダーウォーターの所へ向かっておる……我々の悲願が為される時は近い」


「「「おうっ」」」


 そして男達は、静かに姿を消していく。


 大聖堂の鐘が鳴るまで、あとわずかだった。



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