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第38話 見えない想い


 フラウセリアとレオンハルトの婚約の儀はつつがなく終了した。


 二人は今夜の婚約披露舞踏会の準備の為に、王宮に戻っていた。


 王宮内にある王族の為のフィッティングルーム。


 フラウセリアは部屋の中で身に着けているウェディングドレスを両手でぎゅっと抱きしめる。


「姫様……如何なされました?」


 エステルがフラウセリアの様子を見て気遣いの言葉を掛ける。


「いえ……婚礼の儀も終わり……パレードも無事終わったんだなと思ったら……ちょっとだけ不安になってしまって……」


「姫様……」


「わたくしだけ、こんなに幸せで良いのかしら……と」


 フラウセリアはそう言って、もう一度自分の両肩を抱きしめる。


「……こんな時にニコがいてくれたらなって……駄目ですね、無い物強請りなんかして」


 エステルも実は少々気になっていた。


 あのニコが離宮から王宮へ移動する行進の隊列に居なかったことに気付いていたからだ。


「(フロムさんに聞いても、素直には教えてくれないでしょうしね……)」


 エステルはお茶の用意をしながら、じっとフラウセリアの姿を見る。


 其処には先ほどまでの堂々とした王女殿下の姿ではなく、色々な不安に押しつぶされそうになっている一人の少女の姿があった。


 エステルはお茶を用意する手を止めて、ゆっくりとフラウセリアの傍に近づく。


「姫様……お召し替えをいたしましょう……」


「……エステル?」


「折角の花嫁衣裳を汚してはいけませんし……」


「そうね、わかったわ……」


 エステルは静かにフラウセリアの前に跪く。


「エステル?」


「フラウセリア王女殿下……本当は帝国に行くまでは内緒にする筈だったのですが……仲間達との約束を反故にするわたしをお許しください」


「……?」


 フラウセリアはエステルが何を言い出したのか分からなかった。


「良く分からないけど……わたくしがエステルを許せばよいのかしら?」


「はい……姫様が『許す』と仰って下されば、わたしは勇気を持てます」


 フラウセリアは少しだけ思案してから、姿勢を正して口を開く。


「……エステル。わたくしは貴女を許します……」


「ありがとうございます」


 エステルは跪いたまま、頭を下げる。


「エステル……何が始まるのかしら?」


 その声にエステルはゆっくり立ち上がり、優しい笑みを浮かべる。


「姫様……そのドレスのスカートの折り返し部分をご覧ください」


「スカートの?」


 フラウセリアはスカートの折り返しの部分を手に持ってよく見てみる。


「……あら……これは……刺繍かしら……白地に白の糸で刺繍されているのね」


「はい。実は離宮の女官たちが、姫様への感謝を刺繍で表しております……表面には見えない場所に刺繍が為されております」


 フラウセリアはウェディングドレスの彼方此方を摘まみながら、刺繍を探していく。


「あら、此処にも……こんな所にもあるわ……」


 フラウセリアがびっくりした表情でウェディングドレスを見つめ直す。


「姫様……姫様はお一人ではありません。離宮の皆の心は、いつも姫様と一緒にございます」


「……エステル……」


「本当は、帝国に着いたらお教えするようにと、皆と約束をしていたのですが……私の一存でお教えしてしまいました」


「……それで許しを求めたのね」


 フラウセリアにいつもの笑みが戻ってきた。


「それでですね……ドレスの左の胸の後ろをご覧ください」


「……?」


 フラウセリアはエステルに言われた部分を見つめる。


「……随分と細かい刺繍が……これはお花かしら……」


「それは、ニコさんが刺繍しました……『さくら』という花だそうです」


 その言葉を聞いて、フラウセリアの動きが止まる。


「これも内緒にする筈だったんですけど……ニコさん、最初は全然刺繍が出来なくて、指先を絆創膏だらけにしながら練習したんですよ」


「……」


「どうしても姫様に『さくら』を贈りたいんだって……本当にギリギリだったんですよ……」


 エステルが苦笑しながらフラウセリアに告白する。


「確かにニコさんの姿は見えませんでしたけど……ニコさんの心は姫様と共にあったんですよ……ずっと」


 その言葉にフラウセリアの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。


「……わたくしは……何という幸せ者なのでしょう……離宮の皆さんや、沿道の人々……ヴァルキュリア騎士団の人達……感謝してもしきれませんね」


「姫様……」


 エステルがそっとハンカチを手渡す。


 フラウセリアがハンカチで涙をおさえる。


 そしてもう一度胸元の刺繍に視線を落とす。


「……ニコ……」


 その小さな呟きはフラウセリアの心に小さな勇気を与えるのだった。


 ◆


 離宮内のヴァルキュリア騎士団の詰め所。


 今此処に、ジェシカ班長を筆頭に、十人のドレスを身に纏ったヴァルキュリア騎士団の騎士達の姿があった。


 ジェシカは騎士達の前に立つと、姿勢を正す。


 それを合図に、十人の騎士達も直立不動の姿勢をとる。


「休め」


 全員が一糸乱れぬタイミングで『休め』の姿勢をとる。


 ジェシカが口を開く。


「いよいよ、婚約披露舞踏会が開始される……諸君らも知っているように、不穏分子が今宵行動を起こす可能性が高い」


「しかし、我々ヴァルキュリア騎士団はこの日の為に日々の研鑽に励んでいたのだ。不穏分子どもに負けるような訓練はしていない!!」


「ヴァルキュリア騎士団全員が、持ち場は違えど心を一つにして任務を遂行する」


「各人が与えられた任務を最大限に果たす事を期待する」


「「「「はいっ」」」」


 全員の声が重なる。


「用意が出来たものから会場に移動しろ。以上だ」


 ジェシカの薫陶が終わり、騎士達の顔に緊張が漲る。


 その末席にニコとフロムの姿もあった。


「(いよいよ、本番だぞっ!!)」


 ニコは拳を固く握りしめるのだった。



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