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第36話 花嫁のための戦い

 

 大聖堂。


 白亜に輝く荘厳な造りの大教会の中にある、普段は上位に教職者しか立ち入る事が許されない特別な場所。


 ドーム状になっている天井の傍には、十二枚の大きなステンドガラスによる宗教画が掲げられている。


 音響効果まで考慮されたその建築物は、ある意味宗教建築の最高峰と呼べるものだった。


 正面には主神である女神像が飾られ、その使徒たちの像が円形の聖堂内に規則正しく並んでいる。


 既に大司教と今宵の主人公の一人である帝国公爵家のレオンハルト・ヴァルゼリアが花嫁の到着を待っていた。


 四頭立ての真っ白な馬車が静かに大教会の前に到着する。


 教会の前にも真っ赤な絨毯が敷かれていて、大聖堂へと続いている。


 最初にアレクシアが馬車から降り、恭しくフラウセリアに手を差し伸べる。


 フラウセリアの手が重ねられ、しずしずとフラウセリアが馬車から降車する。


 王宮から馬車に向かう時と同じように、アレクシアがフラウセリアをエスコートしていく。


 但し、今回は正面玄関にレオンハルトがフラウセリアの到着を待っていた。


 フラウセリアがアレクシアの手から掌を離し、レオンハルトの方を見る。


 レオンハルトはその場で片膝をついて右手をフラウセリアに差し出す。


 フラウセリアもその手に自分の手を重ねる。


 レオンハルトがその手の甲へ口づけをする。


 普段は努めて冷静さを崩さない神官たちから、静かなため息が漏れる。


 アレクシアが一歩下がり、それを合図にレオンハルトが立ち上がる。


 レオンハルトが右手を差し出し、フラウセリアが左手を重ねる。


 そして二人は大司教の御前にゆっくりと歩いていく。


 ◆


 大司教の前に立つレオンハルトとフラウセリア。


 二人が揃って大司教に頭を下げる。


 大司教により聖典の一節が読み上げられる。


 その言葉は、荘厳な雰囲気の中、大聖堂に響いていく。


 長い朗読が終わり、大司教が二人に声を掛ける。


「かの者たちに祝福あれ……」


 その言葉と同時に、天井のステンドガラスから光が差し込み、レオンハルトとフラウセリアを照らし出す。


 それはまさに神の祝福のように見えた。


 参列者たちから割れんばかりの拍手が沸き起こる。


 フラウセリアはレオンハルトの横顔を見上げる。


 そしてレオンハルトもフラウセリアの顔を見つめる。


「婚約の儀はなされた……フラウセリア、レオンハルト……この若人に幸いあれ」


 大司教の言葉と共に、婚約の儀は恙なく実施されたのだった。


 ◆


 ニコとヴァスケスが捕らえたスラムの住人。


 その取り調べは、苛烈かつ迅速に行われた。


 その結果の第一報がコリーナの元にもたらされる。


「スラムの連中に屋台を貸し与えていたのはスタンリー商会とのことです」


 尋問にあたっていた騎士が礼の姿勢を取りながらコリーナに報告する。


「スタンリー商会……聞いた事が無い名前だな」


「はい。その商会は隣国に本部があるそうで、今回は王女殿下の婚約披露の祝いを兼ねて当国にやって来ているようです」


「それが何でスラムの住人と繋がる?」


「残念ながら、スラムの住人とスタンリー商会の間に仲介人が存在するようで……詳細は全てその仲介人が握っているようです」


「スタンリー商会は何と?」


「商会はあくまで屋台と食材の提供を行ったのみで、借主たちから一定の賃料を貰う契約をしているだけだと申しております」


「それも仲介者を通して……という事か」


「はい」


「敵ながら見事な情報操作能力だな……」


「どうするよ? 引っ張ってくるか、そのスタンリー商会とやらを」


 ノックもせずにヴァスケスがコリーナの事務室に入ってきて、いきなりそんな発言をする。


「無理だな……此処までやる奴らが証拠を残すようなヘマはしないだろう」


「思いっきりグレーだろうが?」


「グレーはグレーだ。黒じゃない。まして隣国の商会だ……下手に手を出すと国同士の問題になる」


「何だよ、奴らのやりたい放題か?」


「そうは言っていない……スタンリー商会には別な方向から圧力をかける……我々は、スタンリー商会が屋台を貸与した連中を探し出す事が優先だ」


「ちっ……もうすぐ婚礼の儀が終わるんだぞ?」


「分かっている。今回は完全に後手に回っている…‥悔しいが敵の方が上手だ……」


「コリーナ……」


「悪い事ばかりじゃない。これで陽動が必ず行われる確信を得た。第一騎士団と協力して対処にあたる予定だ」


「消極的な手だが……仕方ねえか」


「それと、ニコを舞踏会会場の警備に戻す」


「ニコを?」


「ニコの推理が正しければ、舞踏会場の警備人数が圧倒的に足らない……ジェシカの班を会場警備に回す……其処にニコを編入する」


「少々頼りねえが、アイツのお姫様を思う気持ちは本物だからな……良いんじゃねえの」


「よし、ではヴァスケスに新たな任務を伝える」


「オレかよ」


「来るべき陽動に対して、個別判断で動く裁量を与える……使えそうなやつを連れていけ」


 ヴァスケスが獰猛な笑みを浮かべる。


「もはやこちらも余裕が無い……毒を以て毒を制す……だな」


「オレは毒かよ?」


「違うのか?」


 ヴァスケスはいきなり踵を鳴らす。


「ヴァスケスは現在時刻をもって、新たな任務に着任します」


 コリーナも思わず答礼する。


「……これでいいか……ニコには俺から伝えておくよ……じゃあな」


 ヴァスケスがそう言って部屋を出て行こうとする。


「ヴァスケス」


 コリーナがヴァスケスを呼び止める。


「ん、まだなんかあんのか?」


「……死ぬんじゃないぞ……寂しくなるからな」


「はん、死なねえよ……」


 そう言ってヴァスケスは部屋を出て行く。


 コリーナは残っていた騎士に、ジェシカへの伝令を頼むのだった。



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