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第35話 祝福の裏側

 


 一夜が明けた。


 今日は婚約披露舞踏会の当日。


 午前中に大聖堂で婚約の儀が行われる。


 これは婚姻の儀でもあるのだが、正式な婚姻の儀は帝国で行われるため、王国では婚約の儀を行うになった。


 とはいえ、実質的には結婚式と同じなので、フラウセリアは今、純白のウェディングドレスを身に纏っている最中だった。


 フラウセリアの着付けを行いながら、エステルが既に涙ぐんでいる。


「姫様……お美しいです……」


「ありがとう、エステル……」


 大きな鏡の前で、数人のメイド達によって着付けが仕上がっていく。


 傍らのテーブルの上には、贅を凝らせたティアラを筆頭に、眩いばかりのアクセサリーが並べられている。


 それを見つめながらフラウセリアが小さな声で呟く。


「こんなに身に着ける必要があるのかしら……」


 その呟きを聞いたエステルがすぐさま反応する。


「何を仰いますか……姫様の美しさを引き立てるためのアクセサリーです。これでも足らない位です」


「そうかしら……わたくしはもっとシンプルでも構わないと思っているのだけれど」


「姫様……お気持ちは嬉しく存じます。しかし、姫様は王国の王女殿下。しかもお相手は帝国の公爵家……贅を尽くさずしてどうします」


「エステル……」


「王国の全ての民、貴族が今日の姫様をご覧になるのです……我が国の至宝としての姫様を」


 エステルの発言に、周りのメイド達も大きく頷いて見せる。


 フラウセリアは一瞬だけ目を見開くが、すぐに穏やかな笑みを浮かべる。


「そうね……わたくしは王国の王女として帝国に嫁ぐのですものね……」


 その笑みはほんの少しだけ悲しそうに見える。


 フラウセリアの気持ちが分かったのか、エステルたちが申し訳なさそうに頭を下げる。


「差し出がましい事を申し上げました……お許しください」


「良いのよ……気にしないで」


 フラウセリアはそう言って鏡の中に移る自分を見つめる。


「(そうね……わらくしは王国の王女フラウセリアなのよ……)」


 そしてフラウセリアは鏡の中の自分に完璧な笑みを見せるのだった。


 ◆


 王宮の前に天蓋の無い純白の四頭立ての馬車が用意される。


 王宮から大聖堂まで約二キロの道のりを、この馬車に乗って王女一行が行進する。


 沿道の民達に、フラウセリアの姿を見せるためだ。


 既に近衛騎士団とヴァルキュリア騎士団の精鋭たちが、正装を身に纏い騎乗して待機していた。


 黒と金、白と紫の一団が、一糸乱れぬ姿勢で王女が現れるのを待っている。


 軍楽隊が音楽を奏で始める。


 荘厳な旋律の音楽が流れる中、王宮の正面玄関の扉が開かれる。


 ウェディングドレスを身に纏ったフラウセリアをエスコートするのは、ヴァルキュリア騎士団長のアレクシアだ。


 アレクシアは普段は下ろしている髪をトップでまとめ上げている。


 正装する胸には、今までの功績に対する勲章が陽光を浴びて輝いている。


 アレクシアが差し出す掌に、フラウセリアがそっと自分の手を重ねる。


 玄関から馬車までの間には、真っ赤な絨毯が敷かれていて、その上をフラウセリアとアレクシアが静かに歩いていく。


 アレクシアは王宮から大聖堂までの道中、ずっと傍でフラウセリアのエスコートするのだ。


 馬車の前まで移動すると、アレクシアが馬車の扉を開ける。


 フラウセリアが小さく頷き、馬車に乗車する。


 アレクシアはその姿を見届けると、自分はフラウセリアの対面に座る。



 今まで荘厳な音楽を奏でていた軍楽隊が演奏をフェードアウトさせる。


 そして、トランペットによるファンファーレが鳴り響く。


 黒と金、白と紫の一団が一斉に馬首を揃える。


 ファンファーレが鳴りやむと、隊列の先頭に居たヒルデガルドがゆっくりと馬を歩かせる。


 それを合図に、騎士団とフラウセリアを乗せた馬車が移動を開始するのだった。


 ◆



「あーあ、フラウの晴れ姿が見たかったなー」


 ニコが背伸びをしながら愚痴を零す。


「営倉から出して貰えただけでもありがたいと思え」


「はうっ」


 ヴァスケスに一喝され、再び凹むニコ。


 今はヴァスケスと一緒に、王都の街中を巡回している。


「お前が言い出したんだ……何か見つけろっ」


「そんなっ、無茶ですよ……確かに舞踏会から目を逸らさせる何かを起こすと思うとは言いましたけど」


「お前の方がアグネスについて良く知ってんだろ? あいつが考えそうな事を考えてみろ」


「うーん……改めてそう言われると……」


 ニコは賑わう路地を見渡しながら考える。


「……どこの露店も賑わってますね……さすがフラウ。みんなが祝福してくれてますね」


「ばーか。商人たちはそんなに甘くは無いぞ? 奴らは王家を祝うよりも、金を稼ぐ方が優先されるんだ」


「それはそうですけど……」


 そう言ってニコは、ふと視線を止める。


「……でも、全然人が並んでない屋台もありますね……何でだろ?」


「不味いからだろ?」


「うーん……どうでしょう……ちょっと見てきますね」


「おい、サボる気だろ」


「違いますよ、観察してくるんです」


 ニコはそう言うと、人があまり並んでいない屋台の様子を伺う。


 屋台はありふれた肉の串焼きを売っている屋台だった。


「……見た目は美味しそうなのに……」


「まあ、商売にも上手下手があるからな」


 そしてニコはある事に気付く。


「ああ……格好が良くないんだ……」


「イケメンじゃねえって事か?」


「違いますよ。着ている物です。なんか、バッチイ感じがしません? 例えるとスラムの住人がそのまま屋台をやっているような感じですかね」


「ああん?」


 ヴァスケスがニコに言われて、屋台の店主を観察する。


「確かに、あまりきれいな格好をしているとは言えねえな……しかし、それがどう関係するんだよ」


「じゃあ、流行っている屋台を見てくださいよ。店主の格好や屋台の作りも綺麗じゃないですか」


「……」


 ヴァスケスは無言で売れていない屋台に向かう。


「いらっしゃい……何本……」


 そこまで口にしてから、ヴァスケスの姿を見て言葉が途切れる。


「お前、いつからこの屋台をやってる?」


「ええっと、屋台を始めたのはつい最近です……知り合いに勧められて」


「屋台はそこそこなのに、身なりには金が掛けられなかったのか?」


 その言葉に屋台の店主の顔が引きつる。


「……そ、それは……屋台で一山当てたら……」


 ヴァスケスは改めて屋台の店主を見つめる。


「……お前……スラムの住人か? 良く此処で商売ができるな……商人達の縄張りだって関係するだろう……」


 そこまでヴァスケスが言った時、不意に屋台の店主が逃げ出した。


「お、おい、待てっ!! 話は終わってねえぞっ!! ニコッ、そいつを止めろ!!」


 ニコは逃げ出した店主の前に立ち塞がる。


「逃げない方が良いですよ。余計に疑われますっ!!」


「やかましいっ!! 王家の犬どもがっ!!」


 店主が肉を切る為の包丁を取り出す。


 ニコの顔が一瞬引きつるが、すぐに店主を睨みつける。


「公共の場でそんなものを振り回さないでくださいっ!! こちらもそれなりに対処することになりますよっ!!」


「うわああああっ!!」


 店主は包丁を振りかぶって、ニコに斬りかかる。


 ニコは素早く半歩引いて、包丁の間合いから逃れると、たたらを踏んでいる店主の足を蹴り上げる。


「ぐあああっ!!」


 店主の身体が地面に叩きつけられる。


 ニコは素早くその背中に自分の膝を押し付けると、店主が持っていた包丁を取り上げる。


 其処にヴァスケスも駆け込んでくる。


「しょっぱなから当たりを引いたな、ニコッ」


「……騎士に斬りかかるのは重罪ですよ……」


 店主は暴れるが、ニコとヴァスケスによってあっという間に拘束される。


「詳しい話を聞かせてもらおうか……」


「ふん、喋るものか……」


 店主を後ろ手に縛り上げると、ヴァスケスは持ち上げるように立ち上がらせる。


「時間が無いんでな……覚悟しろよ」


 そんな様子を、屋台の店主たちが見つめていた。


 そしてそのうちの何軒かの屋台がひっそりと営業を止めて、姿を消すのだった。



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