第34話 花火が上がる前に
「二人とも落ち着け……今はニコの話を聞いてやれ。ニコもあまり挑発するな」
「はう……すいません。そんなつもりじゃ……」
ニコが気まずそうに眼を逸らす。
「……確かに貴族は一枚岩ではない……認めたくは無いがな……其処に付け入られる隙があるという事か」
コリーナはニコを見つめながら語り掛ける。
その言葉にニコが顔を上げる。
「はい。厄介なのは、誰が敵と通じているか分からない事です。でも、敵の最終目的がフラウセリア殿下だとすれば、対処は可能だと思うのです」
「……今、最終目的といったな……どういう意味だ、ニコ?」
「はい。ヴァスケス班長にも言われたのですが、『敵の気持ちになって考えろ』です……目的を達成するための確立を上げる……その為に何をすべきか」
ニコの言葉に、コリーナの表情が引き締まる。
「まずは舞踏会場に割く騎士の数を減らす事……残された騎士達では対応できないような事態を起こす事……が、考えられます」
「つまり、敵は最初から舞踏会場を襲うつもりではない。こちらに別の場所を守らせることで、舞踏会場を無防備にするつもりなのか」
コリーナの呟きにヴァスケスが答える。
「王都にはいつも以上に他国や、他領からの来訪者で溢れている。奴らの一割が敵だとしても、オレ達では対処が難しいな」
「……せめて王都に入る前に確認出来たら良かったんだが……」
「怠惰と賄賂に溺れた衛兵どもに何を期待する」
「ヴァスケス……言葉を選べ」
「ふん。とにかく、オレはニコの意見を支持する。手遅れかも知れんが、やれることはやっておかないとな」
「第一騎士団とも相談しないとだな……騒ぎが起きるとしたら市中の可能性が高い」
そこでニコがおずおずと手を上げる。
「あ、あの、舞踏会場に武装した騎士を配置することは出来ないんですか?」
その問いかけにコリーナとヴァスケスが顔を見合わせる。
そしてコリーナが言いにくそうに答える。
「それは難しいな。今回は特に王女殿下の婚約披露を祝う舞踏会だ。既に無粋な騎士の数は極力減らすようにとの指示が出ている」
「……確かに舞踏会場内に武装した騎士達がいたら、興醒めするし、何かあるのではないかと痛くもない腹を探られることになるからな」
「そうなんですね……」
「まあ、だからこそ、我々の様な女性騎士の存在が必要になるのだがな」
「なら、ヴァスケス班長とかが舞踏会場にいてくれれば」
「それなんだが……さっきの言ったが、舞踏会場に入れるのは中級貴族以上なんだ……この規則は騎士達にも適用される」
「えっ?」
「馬鹿げた規則だと思うが、規則は規則……ちなみにニコの家は王都貴族だろう? 王都貴族は中級貴族と同等に扱われる……だからお前が、離宮勤務が出来たんだぞ」
「……今、一瞬だけ敵の気持ちが分かった気がします」
ニコがぼそっとそう言った瞬間、ヴァスケスの平手がニコの頭を叩く。
「痛っ」
「痛いように叩いたんだ。調子に乗るな」
「すいません……」
コリーナは一度目を瞑って、ゆっくりと目を開く。
「ニコの進言は分かった。ただ、時間と状況の制約がある……が、可能な限り対応しよう」
「はい。ありがとうございます」
「同時に、ニコに対する処分を一時的に解除、任務に復帰することを許可する」
「へっ?」
ニコは思わずヴァスケスの顔を見る。
ヴァスケスは苦笑しながらニコに語り掛ける。
「言い出したのはお前だ……死ぬ気で働けってことさ」
コリーナも苦笑しながら小さく頷く。
「え、ええーっ!!」
ニコの小さな叫び声がコリーナの事務室に響いたのだった。
◆
王都の商店街の一角。
無人になって久しい空き店舗に、今、大量の物資が運び込まれている。
その様子に、近所の者たちが、荷物を運び入れている人物に話し掛ける。
「あんたら、何者なんだい?」
「ああ、これはこれは、ご挨拶は引っ越しが終わったらと考えていたもので、すいません」
見た感じは証人とは思えない、がっちりとした体格の男が答える。
「今度此処で商売を始めさせて頂くスミスと申します」
そう言ってスミスは右手を差し出す。
近所の住人は思わずその手を握り返してしまう。
「……ぶしつけで失礼だとは思うが……この店、以前何があったか知っているのかい?」
「ええ。おかげで安く借りる事が出来ました……幸い、わたしは幽霊の類を信じていないもので……」
「そりゃあ、剛毅だね……で、何の商売を始めるんだね?」
「金属の地金を扱う予定です……一般向けではありませんが、それなりに商売になるので」
「そ、そうかい……繁盛すると良いね」
「はい。ありがとうございます」
スミスはそう言って、店の中に戻っていく。
近所の住人たちは、怪訝そうに顔を見合わせたが、それ以上何かある訳でも無かったので、皆自宅へと戻っていく。
そしてその様子をスミスが店舗の中から見つめていた。
「……まあ、こんなもんだろ……荷物の運び込みは終わったか?」
スミスが店舗の中で作業する男達に声を掛ける。
「あともう少しですね……でもおかげで、でかい花火が打ち上げられそうですよ」
「気をつけろよ……花火の巻き添えにはなりたくねえからな」
「違いありません……」
男達の低い笑い声が店舗内に響く。
「よし、次の荷が来るまで休憩だ……ちゃんと戸締りしろよ。世の中物騒だからな」
「「「はい」」」
男達は店舗の鍵を閉めると、賑やかな市中へと繰り出していく。
でかい花火が上がるのはもうすぐだった。




