第32話 静かなる陽動
ヴァルキュリア騎士団本部。
その地下室の一角にある営倉と呼ばれる場所。
四畳半位の広さの中に、ベッドとトイレがあるだけのシンプルな空間。
今、ニコはその部屋のベッドの上に仰向けにひっくり返っている。
「はうー、今日はフラウの出立式だったのに……参加できなかったなー」
ニコは石で出来た天井を見つめながら愚痴をこぼす。
壁の三面は石が積み上げられた石壁で、残りの一面には鉄格子が嵌められている。
ニコは首だけをその鉄格子の方向に向ける。
鉄格子の向こうには廊下があり、そこには蝋燭の燭台が規則正しく並んでいる。
時折風が流れるせいで、蠟燭の炎がユラユラと揺れ、映し出す影も揺れて見える。
「……退屈だな……みんな忙しいのに……」
狭い空間に自分の声だけが響く。
ニコは鉄格子を見ながら、ふとアグネスの事を考える。
「昔、アグネスの家に何かあったのは間違いないよね……しかもそれには王家が深く関わっている……」
「その所為でアグネスは王家を憎んでいる……ここまでは推測できるんだけど……」
結局いくら考えても、それ以上の事は分からない。
「ただ、フラウの婚約披露舞踏会で何かが起きるような気がする……」
ニコはヴァスケスによく言われた『敵になったつもりで考えろ』を実践してみる。
「王家にダメージを与えるなら、やっぱり『幸せの絶頂にある時に、不幸のどん底に突き落とす』……だよね」
「今、王家の幸せの象徴はフラウだ」
「フラウを狙うとして……どうやって? 舞踏会の会場には貴族しか入れないし……」
「警備は厳重だ……外からの侵入は難しい……」
そこまで考えて、ニコは急に上半身を起こす。
「違うっ!! 貴族なら誰でも会場に入れるんだっ!!」
「何で貴族が全員、王家の味方だなんて考えてた? ああ、そうか、自分が王家に忠誠を誓ったからだ……」
ニコは更に考える。
「フラウが本命なら、その作戦の成功率を上げるにはどうする……」
そして嫌な考えが閃く。
「……陽動か……会場以外で騒ぎを起こす……騎士団はそっちの対処で手いっぱいになる程の……」
「王家は海外からの来賓もいるから、絶対に舞踏会を中止にはしない……」
「舞踏会場に残る騎士の数は限定される……」
ニコはベッドから立ち上がると、鉄格子の向こう側に向かって叫び始める。
「誰かっ!! 誰かいませんかっ!?」
ニコの悲痛な叫び声は、まだ誰にも届いていなかった。
◆
王都。
市中には人が溢れ、いつになく賑やかな雰囲気が漂っている。
路地には露店が並び、様々な商品や食べ物が並んでいる。
王都中がお祭り騒ぎになっている。
「おい、この肉串焼きを二本くれ」
「は、はい……少々お待ちを……」
声を掛けられた露店の店主は、あまり手際が良いと言えない手つきで串焼きをひっくり返している。
客はその様子を見て、小さく舌打ちをする。
「何だ、お前さん、臨時か何かか?」
「すいません……どうも慣れてなくて」
客が露店の店主をマジマジ見つめる。
身なりも露店の店主っぽくなく、どちらかといえばスラムの住人っぽい感じだった。
「(こりゃあ、外れを引いたかな……人が並んでなかったのには訳があったって事か)」
露店の店主はそれでも、串焼きを焼き上げると、客にそれを差し出す。
「に、肉串焼き二本で、銅貨四枚です」
「おう、ほらよ」
客が銅貨四枚を手渡し、代わりに串焼きを受け取る。
そしてそのまますぐに立ち去っていく。
「……ふう……こんな事やった事が無いから神経を使うな……」
露店の店主が愚痴を零していると、入れ替わりにガタイの良い男が一人店主に声を掛ける。
「肉串焼きを五本くれ」
「は、はい。ただいま……」
そして店主が顔を上げて客見て固まる。
其処には盗賊の頭目……グランツの姿があったからだ。
「グランツさん……」
「どうだ、調子の方は?」
「いやぁ、中々慣れません……客商売なんかした事が無かったんで……」
店主が苦笑する。
「今日明日の辛抱だ……それに売り上げはそのままくれてやる……」
「……はい、承知しております」
「何か変わった事はあったか?」
「そちらも特には……巡回する騎士や衛士の数が増えた位ですかね」
「それは警戒するさ。この人出だからな……その方がこちらには都合がいい。」
話をしているうちに、串焼きが焼き上がる。
グランツは銅貨十枚を店主に渡す。
「やる事は分かっているな……」
「はい……でも、グランツさん」
「何だ?」
店主は少しだけ言い淀んでからグランツに尋ねる。
「……本当にやるんですか?」
その言葉にグランツの射貫くような視線が店主を見つめる。
「……臆病風に臆したか……降りても構わんぞ? 貴様の代わりはいくらでもいる」
そう言ってグランツは腰の剣を左手で引き寄せる。
「い、いえ……そんな事は……」
店主が委縮すると、グランツは剣から手を放す。
「既に市中にはお前と同じような露店が相当数いるのだ……もはや引き返せぬぞ?」
「承知しました……どうやら祭りの熱気に当てられていたようです……」
「ではな……励め」
グランツは串焼きを齧りながら、隣の露店へ歩いていくのだった。




