第31話 王女の旅立ち
離宮。
女性王族が住まう場所。
今、そこから一人の王女が巣立っていく……帝国の公爵家へと嫁ぐために。
正面玄関に、真っ白な四頭立ての馬車が待機している。
これは未婚の女性王族は白い馬車を、既婚の女性王族は黒い馬車を使用するという伝統に基づくものである。
王女、フラウセリアがエントランスホールに姿を現す。
エントランスホールには、この離宮で働く女官たちが勢ぞろいして、フラウセリアの最後の雄姿を目に焼き付けようとしていた。
そんな女官たちの外周には、ヴァルキュリア騎士団の騎士達が正装を身に纏い待機している。
フラウセリアがエントランスホールの中央で立ち止まる。
そしてゆっくりと周囲を見回してから、周囲の皆に話し掛ける。
「皆の者、今日までの忠義に感謝します。わたしは帝国へ嫁いでいきますが、今後ともアルデリオン王家への忠誠を期待します」
その言葉を聞いた女官たちから、歓喜の声や別れを惜しむ嗚咽の声が響く。
フラウセリアはもう一度周囲を見回し、にっこりと笑みを浮かべる。
「今まで、ほんとうにありがとう」
フラウセリアはその場で完璧なカーテシーを披露する。
その場にいる全ての者が、王女の姿に見とれている。
フラウセリアがゆっくりとカーテシーの姿勢を解き、正面を見つめる。
ヴァルキュリア騎士団の騎士達が踵を鳴らす。
正面の扉がゆっくりと開かれて行き、陽光と共に外の爽やかな空気がホールを満たしていく。
扉の向こうでは、四頭立ての白馬車が陽光を受けて輝いていた。
そこにも騎士達が待機している。
フラウセリアがゆっくりと、しかししっかりとした足取りで前に進んで行く。
◆
今はヴァルキュリア騎士団の一人の騎士として、直立不動の姿勢を取りながら、フロムが視線の片隅に王女殿下の姿を見る。
「(……ニコ……王女殿下の雄姿見たかったろうな……)」
ニコの事を考えると、少し複雑な気持ちになるフロムだった。
「(あたしじゃニコの代わりにはならないけど……最後まで勤めをはたすぜ)」
フロムは王女殿下がエントランスホールを出て行くまで、その姿勢を崩さない。
正面玄関の方から、ジェシカ班長の掛け声がかかる。
馬車の馬達の足音と、ヴァルキュリア騎士団たちの規則正しい足音が聞こえてきた。
離宮から王宮までの、ほんの僅かな距離。
そのわずかな距離であっても、ヴァルキュリア騎士団が完璧な警護態勢で王女に随行する。
フロムも、その隊列の最後尾に並ぶ。
「(……ニコ……何やってんだろうな……)」
フロムは友の事を考えながら、行進していくのだった。
◆
王宮。
正面玄関には近衛騎士団が一糸乱れぬ姿勢で整列している。
黒を金の色合いの正装を身に纏った近衛騎士団。
その後ろには、異例ではあるが国王陛下と王妃陛下の姿があった。
今日は嫁いでいく娘と親子水入らずで過ごす最後の一日となるからだった。
王城の前のロータリーにヴァルキュリア騎士団の副団長ヒルデガルドの騎乗する騎馬が先触れとして到着する。
「馬上から失礼する。王女殿下が間もなく到着いたします。警護の引継ぎを願います」
近衛騎士団からも副団長が一歩、ヒルデガルドに歩み出る。
「委細承知した。御安心召されよ」
ヒルデガルドと副団長の視線が交差する。
ヒルデガルドが頭を下げ、馬車の方向へ馬首を返す。
同時に副団長も近衛騎士団に号令をかける。
「全員、整列! 王女殿下をお迎えする!!」
ガツッ
全員が一斉に踵を鳴らす。
そして暫くすると、王女を乗せた馬車の姿が見え始めるのだった。
◆
馬車がロータリーの中に入ってくる。
白と紫の色合いのヴァルキュリア騎士団と、黒と金の近衛騎士団が綺麗に整列する。
白と紫、黒と金。
二つの騎士団が左右に分かれ、一筋の道を作る。
馬車の扉が開かれ、近衛騎士団副団長が馬車に歩み寄り、フラウセリアに手を差し出す。
白い手袋をしたフラウセリアの手がその上に重ねられる。
そして馬車の中からフラウセリアが姿を現す。
一度左右に整列する二つの騎士団に視線を移し、小さな会釈をする。
王宮に向かう階段を、一歩一歩ゆっくりと、しかし確実に進んで行く。
フラウセリアの視線の先には、国王陛下と王妃陛下の姿があった。
二人とも滅多に見せない優しい笑みを浮かべている。
フラウセリアはその二人に対して、カーテシーの姿勢をとる。
「よくぞ参った……フラウセリア。 頭を上げなさい」
「待っておりましたよ。フラウセリア」
国王陛下と王妃陛下が順に声を掛ける。
フラウセリアがカーテシーの姿勢を解き、両親の顔を見つめる。
一瞬だけ、王女ではなく娘の顔になる。
「お父様、お母さま……よろしくお願いいたします」
フラウセリアが答えると、二人はゆっくり首を振る。
「さあ、まずは入りなさい。今宵は語り明かそうではないか」
国王陛下がそう言ってフラウセリアを王宮へ誘う。
そして国王陛下を先頭に、王妃陛下、フラウセリアが続いて歩き出す。
一度だけ、フラウセリアが立ち止まり、ゆっくりと振り返り、離宮から付き従ってくれたヴァルキュリア騎士団を見る。
「(……姿が見えなかったけど……きっとどこかで見てくれているわよね)」
フラウセリアは微笑む。
そして、三人は王宮の中へと姿を消していくのだった。




