第30話 騎士の選択、その代償
ヴァルキュリア騎士団本部。
コリーナの事務室。
その部屋の中でヴァスケスの怒声が響いた。
「アグネスを逃がしただとっ!! ふざけんなっ」
ニコは今、ヴァスケスに胸元を掴まれ、顔がぶつかる程近くからヴァスケスの怒声を浴びせられていた。
「アグネスには重要な容疑が掛かっているのは知っていた筈だよなっ!?」
「うう、はい」
「じゃあ、何で逃がしたっ!?」
「そ、それは……」
「しかも奴の馬と鞍までつけてやったっていうのかっ!? お人好しにもほどがあるだろうっ!!」
「ヴァスケス、その辺にしておけっ!!」
ずっと二人のやり取りを見ていたコリーナがヴァスケスを制止する。
「くそっ!!」
ヴァスケスは叫ぶと同時にニコの身体を突き放す。
「ぐあっ」
ニコがよろけて床に倒れ込む。
「てめえはヴァルキュリア騎士団の騎士だろうがっ!? 何で、剣の一つも交えてこないっ」
「ごほっ、ごほっ」
ニコは咳をしながら呼吸を整える。
「お、お言葉を返すようですが……あの場でアグネスと斬り合っても、あたしには勝ち目がありませんでした……」
「なんだとっ!?」
「それこそ、先輩がいつも仰るような、『無駄死に』になる可能性の方が高かったと思います」
ニコはヴァスケスに睨まれながらも、立ち上がってそう言い切る。
「てめえっ」
ヴァスケスがもう一度ニコの胸ぐらを掴もうと手を伸ばした時だった。
「いい加減にしろっ!! 頭を冷やせ、ヴァスケスっ!!」
コリーナの一括が部屋の中に響く。
「……くっ」
「今はニコの報告を聞くのが先決だ……お前の気持ちもわかるが、冷静になれっ」
ヴァスケスは忌々しそうな表情を浮かべ、近くにあった椅子にドカッと腰を下ろす。
その様子を見ていたコリーナが小さく嘆息する。
「……ニコ。報告を続けろ」
「はい……アグネスと暫く会話をしましたが……彼女の決心は固いようで、説得にはなりませんでした」
「そうか……それで?」
「アグネスにアルバを渡して、アグネスはアルバと共に人工湖の雑草畑の中に姿を消しました」
「追跡はしなかったのだな?」
「はい」
そこまで答えてから、ニコはしっかりとコリーナの目を見て口を開く。
「馬と鞍を渡したのは、団規に背く行為だったと思います……反省していますが……後悔はしてません」
「……わかった。重要な被疑者をみすみす見逃したこと、被疑者に闘争手段を渡したこと……これは明らかに団規に背く行為だ」
「はい」
「ニコレット・フォン・アスターハイム。お前の行為に関しては団長と協議して処罰を決定する。ニコを営倉に連れていけ」
「「はい」」
先輩の騎士が二人、ニコの両脇に立つ。
「暫く営倉で反省していろ……」
「はい」
ニコはコリーナに一礼する。
そして椅子に座ってそっぽを向いているヴァスケスに話し掛ける。
「ヴァスケス班長……ご迷惑をおかけしました」
ニコはヴァスケスにも深くお辞儀をする。
そして挨拶が終わるのを待って、二人の騎士がニコを促す。
ニコはまっすぐ前を向いて、二人の騎士に脇を固められながらコリーナの部屋を出る。
部屋の中にはコリーナとヴァスケスだけが残る。
「……いつまで不貞腐れているんだ、ヴァスケス」
「不貞腐れてなんかない……面白くないだけだ」
コリーナがヴァスケスの答えに苦笑する。
「お前だって、ニコの気持ちが痛いほどわかるんだろ? 無理して悪役を買わなくてもいいのに」
「あ、悪役なんて……オレはただ……腹が立って……」
「ニコがアグネスに剣で立ち向かったとして、勝てる確率は低い……説得しようとしたニコはある意味正しいと思うよ」
「……」
「しかし、規則は規則だ。まあ、団長と相談するよ」
ヴァスケスは椅子から立ち上がる。
「……どこに行くんだ?」
「街中の見回り……アグネスが何を企んでいるか分からねえからな」
「わかった……よろしく頼む」
ヴァスケスは無言でコリーナに背中を向け、そのまま部屋を出て行く。
そして最後にコリーナが部屋に残る。
アレクシア団長にどう報告するかを思案しながら。
◆
離宮。
ヴァルキュリア騎士団の詰め所。
フロムがニコの帰りを待っていると、不機嫌そうなジェシカ班長が部屋に入ってきた。
フロムが立ちあがり、騎士の礼をとろうとすると、ジェシカがそれを制する。
「フロム。良く無い知らせだ……」
その言葉を聞いた瞬間、フロムはニコのことだと確信した。
「ニコがアグネスを故意に逃がしたようだ……今、本部に留め置きになっている」
「……ああ、やっぱり」
フロムががっくりと肩を落とす。
「何かやらかすとは思ってたんですけどね……よりにもアグネスを……逃がす?」
フロムが首を傾げる。
「すいません。話が見えません」
「そうだな……フロムには話してなかったな……実はアグネス行方不明になったんじゃなくて、自ら行方をくらませたんだ」
「えっ?」
「今回の婚約披露舞踏会に向けて、何やら企てている連中がいるんだが……どうやらアグネスが関係しているらしい」
「そんな……」
「ヴァスケスがアグネスに事情を聴取しようとしたんだが、その前に逃走したらしい……」
ジェシカは腕を組んで苦い顔をする。
「ヴァスケスはその後色々あったみたいだが……こっちは置いておく」
「はい……で、それがニコとどう繋がるんですか?」
「偶々本部にニコが来た時に、アグネスの話が出てな。ニコがアグネスの馬なら行き先を知っているんじゃないかって言いだしたんだ」
「はあ……アイツらしいです」
「で、無事アグネスを見つけ出したんだが……説得に失敗してアグネスを逃がした……」
「……」
「しかもアグネスに馬と鞍を渡したらしい……まったく呆れた奴だ」
しかし、フロムは妙に納得してしまった。
「まあ、ニコならそうしますね……それが騎士団の規則に背く事であったとしても、規則より友達を選ぶ奴ですから」
「その通りだ。それで今は本部の営倉にいる」
「はあぁ……」
フロムが大きくため息を吐く。
「そんな訳で、ニコがこちらの任務に復帰できるかは微妙だ……まあ、無理だろうな」
「無理ですね」
ジェシカはじっとフロムを見つめる。
「フロムには悪いが、このまま王女殿下の護衛任務を続けろ。交代要員が決まり次第連絡する」
「それって、決まらなかったらずっと任務が続く奴ですよね?」
ジェシカはわざとらしく目を逸らす。
「……以上だ」
そう言って、ジェシカがそそくさと詰め所を出て行ってしまう。
「……まったく……何やってんだよ、ニコ」
フロムはそう言ってもう一度大きなため息を吐くのだった。




