第29話 決別
人工湖の湖畔。
アグネスとニコは無言で見つめ合っていた。
最初に沈黙を破ったのはニコだった。
「……心配したんだよ……無事でよかった」
非難の言葉が投げかけられると思っていたアグネスが目を見開く。
しかし、すぐにいつものクールな表情に戻る。
「ニコは何があったのか聞かないのかい?」
「そりゃあ、聞きたいけど……アグネスは言いたくなかったんでしょ? 言いたくないのに無理に聞き出すなんてしないよ」
アグネスがニコの言葉に唇を噛む。
「相変わらずの能天気さだね……今だから正直に言うけど、そういう上っ面だけの優しさとか……虫唾が走るよ」
「ひどっ……」
「大体、一人で来るなんて……正気じゃないよ。こっちが大人数で待ち構えてたらどうするつもりだったんだい?」
「ああ、そうだね……あんまり考えてなかった……」
そう言いながらもニコは苦笑する。
「何がおかしい」
「いや、アグネスが心配してくれてるなって思って……」
「くっ」
アグネスは苛立ちを隠そうともせずにニコを睨む。
「アグネス……知ってる? アグネスはあたしの目標だったんだよ? ヴァルキュリア騎士団の入団試験の時から」
「……」
「駆け足の試験の時、フラフラになりながら見えたアグネスの後ろ髪は今でも記憶に残っているよ」
「何をいまさらそんな事をっ!!」
「何でだろうね……たださ、アグネスがどう思おうと、あたしはアグネスの友達だと思ってるよ……厚かましいかもしれないけど」
「確かに厚かましいね……わたしは君達を一度たりとも友達だと思ったことは無いっ!!」
「アグネス。あたしはずっと友達だと思ってるよ。フロムのことも、サマンサのことも」
アグネスの顔が苦しげに歪む。
「アグネスの過去に何があったかは知らない……多分、あたしが想像する以上に辛い事があったんだろうなって……思うけど」
「聞いた風な事を……同情のつもりか……」
「そんなんじゃないよ。ただ、アグネスの助けになれなかったんだなって……それが凄く悲しいけどね」
「……まったく……これだから王都貴族は嫌いなんだ……そうやって能天気にズケズケと優しさを押し付けてくる……」
「……そんなつもりは無いんだけどなぁ……気に障ったらごめん」
再び二人の間に沈黙が流れる。
今度はアグネスがその沈黙を破る。
「なぜ、アルバを連れてきた……」
ニコがノワールに騎乗したまま答える。
「アルバがご主人様に会いたがっているみたいだったからね……この子賢いから、きっとアグネスの居場所に心当たりがあるんじゃないかと思って」
「そうか……」
アグネスはそう呟いてから、愛馬の名前を呼ぶ。
「アルバッ、来いっ!!」
呼ばれたアルバはゆっくりと歩き出し、そしてすぐに止まってしまう。
そしてニコとノワールの方へ振り返る。
アルバのそんな仕草にニコが静かに頷いて見せる。
「会いたがっていたご主人様でしょ。行っていいよ」
ニコの言葉が分かるのか、アルバが再び歩き出す。
そしてアグネスの元に辿り着く。
「アルバ……ごめん……心配かけたね」
アグネスはアルバの首を抱きしめる。
アルバもじっとそれを受け入れている。
ニコは暫くその光景を見ていたが、ノワールの首を軽く叩いて、アグネスの元に向かわせる。
近づいてくるニコに、アグネスは反射的に身構える。
そんなアグネスにニコは語り掛ける。
「アルバに付けてある鞍は、アグネスが使っていた物だよ……慣れた鞍の方が良いでしょ?」
「ニコ……」
「アグネスが一度決めたことを曲げないのは、今までの付き合いで良く分かってるもん」
「……」
「だから、アグネスが何をしようとしているかは知らないけど、それ自体は止めないよ……でもね」
ニコはそこで言葉を切ってから、しっかりとアグネスを見つめてもう一度口を開く。
「あたしの大切な人達に危害を加えるなら、その時は戦う……あたしはヴァルキュリア騎士団の騎士だから」
「……ニコ……」
其処にはいつものお人好しのニコではなく、騎士の顔をしたニコの姿があった。
アグネスはその視線に耐え切れず、思わず顔を背ける。
そしてアルバの背中にさっと騎乗する。
アグネスが手綱を引くと、アルバが歩き出す。
「今度会う時は……敵同士だ……」
「……そんな気がしてた……何となく」
「ニコ……」
「ん?」
「……アルバを連れてきてくれて……ありがとう」
アグネスはそう言うと、一気にアルバを走り出させる。
アルバが雑草畑を切り裂くように走り去っていく。
その後姿を見つめながら、ニコは小さく友の名前を呼ぶのだった。
「……アグネス……」
背の高い雑草が、アグネスたちの姿を隠すのに時間はかからなかった。




