第22話 もう戻れない
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朽ちた教会の礼拝所の奥。
今、二人の騎士が剣を構えて向かい合っている。
アグネスは上段に構え、対するヴァスケスは正眼に構える。
お互いに隙は無く、緊迫した沈黙だけが流れていく。
訓練では何度か剣を交えたことがあったが、真剣で向き合うのはこれが初めてだ。
「ふん……相変わらず、可愛げのない流派だな、お前の構え方は……」
ヴァスケスがほんの少しだけ重心を下げる。
「(来るっ)」
予備動作無しにヴァスケスが正眼の構えのままアグネスに飛び込む。
「ちいっ」
アグネスが袈裟斬りに突き出された剣を払う。
ガキッ
しかし、その抵抗は思いの外少ない。
「(流されたっ!!)」
既にアグネスの剣は振り下ろされている。
ヴァスケスの剣先は払われながらも、その勢いを利用して横薙ぎへと変わる。
「うあああああっ!!」
アグネスは咆哮を上げて、振るわれる剣に向かって、肩から突っ込む。
剣に勢いがつく前に、肩当てに剣が触れる。
ガツンッ
アグネスは勢いに任せて、ヴァスケスに体当たりをする。
ヴァスケスの体勢が崩れ、床に背中から崩れ落ちる。
倒れているヴァスケスの足を目がけて、下段から斬り上げる。
今度はヴァスケスが剣目がけて、ブーツの底をぶつけてくる。
ガンッ
アグネスの身体が仰け反るのと同時に、ヴァスケスが反動を付けて起き上がる。
ヴァスケスの顔が獰猛に嗤っている。
「お行儀の良い剣だと思ったら、結構じゃじゃ馬じゃねえか」
「……」
今度はアグネスが正眼に、ヴァスケスが下段に構える。
「こりゃあ、意地でも負けられなくなってきたな……」
アグネスが正眼の構えのままヴァスケスに突っ込む。
ヴァスケスの剣がそれを下から払う。
アグネスは先程のお返しとばかりに、剣が触れた瞬間、力を緩めてヴァスケスの剣を受け流す。
しかし、ヴァスケスはそれを読んでいたようで、がら空きになったアグネスの腹を目がけて蹴りを入れてきた。
ドガッ
アグネスの身体が後ろに飛ばされる。
すぐにヴァスケスの追撃が迫る。
「うああああああっ!!」
アグネスが再び咆哮を上げ、ヴァスケスの剣に自分の剣をぶつけていく。
ガキッ、ガキンッ、ギリギリッ
鍔迫り合いの形になり、お互いが渾身の力を込めて剣を押し合う。
「くうっ……ああああっ」
「うぐぐっ」
二人が同時に後方へ飛びのき、再び間合いの探り合いが始まる。
◆
「お嬢様っ!!」
二人の決闘は第三者の介入によって、邪魔が入る。
二人の視線が声のする方向へ向く。
其処には盗賊の頭目が目を見開いて立っていた。
「グランツッ、邪魔をするなっ!!」
アグネスが頭目の名前を呼んで制止する。
「そうはいきませんっ!! お嬢様、今がどんな時期かお忘れかっ!!」
グランツはそう叫びながら、ヴァスケスの前に立ち塞がる。
「……久しぶりだな……森の一件以来か……」
「ふん、あの時のあばずれか……大人しく引けば、見逃してやるぞ」
「ふざけんなっ……てめえはボコってやりたいリストのトップスリーにいるんだぜ」
グランツはヴァスケスを見据えたまま、アグネスに声を掛ける。
「お嬢様は今のうちにお逃げください……こ奴は単騎で此処に来ているようで、味方はおりません」
アグネスは大きく息を吸うと、グランツに声を掛ける。
「足止めだけで良い。ヴァスケス班長は強いぞ……死ぬなっ」
そう言って、アグネスは教会の出口へと向かって行く。
ヴァスケスの視線だけがアグネスの動きを追う。
「……てめえには聞きたい事が出来たな……」
グランツが腰の剣を引き抜く。
切っ先をヴァスケスの顔に向けて、グランツが静かに語りかける。
「いま一度言う。引くなら見逃してやる」
「ふん、お断りだ……まずはてめえをぶっ飛ばして、その次はアグネスをぶっ飛ばしてやる」
「そうか……あいわかった」
次の瞬間、グランツの纏う雰囲気が一気に変化する。
「この日の為に二十年……このような事で、計画を破綻させる訳にはいかんからなっ!!」
グランツの剣が予備動作無しに振るわれる。
「くっ、はええ」
ガキンッ
ヴァスケスがグランツの剣を受け止める。
「よくぞ、初撃を受け止めた……しかし、これはどうだっ!!」
先程より早い速度で、二撃、三撃がヴァスケスを襲う。
そして最後に振るわれた剣を受け止めきれず、ヴァスケスの身体が床の上に転がる。
「チクショウ……馬鹿力め……」
ヴァスケスはすぐに態勢を整え直す。
しかしグランツは追撃をしてこない。
隙なく切っ先をヴァスケスに向けているだけだった。
「(舐められたもんだ……しかし、体格差があるのも事実……どうしたもんか)」
ヴァスケスは舌の先で唇を舐めるのだった。
◆
アグネスはスラム街の中を走っていた。
「(これでもう、ヴァルキュリア騎士団には戻れない……)」
アグネスの脳裏に、ヴァルキュリア騎士団での思い出が走馬灯のようによぎる。
「(せめて、あいつ等だけには挨拶をしたかったな……)」
「(同室だったけど、途中で文官になっていったサマンサ……)」
「(地方貴族の子女でおなじような育ちだから、最初に友になったフロム)」
「(そして……ヴァルキュリアになんてなれそうもなかった……体力もない、馬にも乗れない……でも、いつの間にか、体を鍛え、馬とも仲良くなり……一番ヴァルキュリアらしい騎士になるであろう……ニコ)」
アグネスの走る速度が次第にゆっくりになっていく。
そして、いつの間にかアグネスは立ち止まっていた。
「(こんな事なら……友など作らねば良かった……)」
アグネスはいつの間にか自分が泣いている事に気付いた。
慌てて涙をぬぐう。
「駄目だ……二十年前に、謂れもない罪で取り潰しを受けたフェアチャイルド家」
「父上の顔も、母上の顔も知らない……それでも、わたしはフェアチャイルド家の跡継ぎなのだっ!!」
アグネスは強く手を握りしめる。
「アンダーウォーターとアルデリオン王家に……思い知らせてやらねばならんのだっ!!」
アグネスはいつの間にか思いのたけを叫んでいた。
気付けば、スラム街の広場へと辿り着いていた。
そしてアグネスの周りには、複数の男達が跪いて首を垂れている。
其処にローブを被った人物が現れ、ゆっくりとした動作でアグネスの前に跪く。
被っていたローブを外し、その者の顔が露になる。
聖人と呼ばれた男だった。
「尊き御方……お下知を……皆、貴女様のお下知を待っているのです」
アグネスは自分に頭を垂れている者達を見回す。
「この日の為に、皆苦渋を舐めながら生きてまいりました……」
アグネスはその言葉に大きく頷いて見せる。
「皆の者……二十年……二十年もの長い間、よくぞ耐えてきてくれた……」
その言葉に、男達の間から嗚咽が零れる。
アグネスはもう一度全員を見ると、大きな声で宣言した。
「我がフェアチャイルド家は、アンダーウォーターとアルデリオン王家に正義の鉄槌を下すのだっ!!」
「「「「うおおおおおおっ!!」」」」
男達の唸るような咆哮が上がる。
アグネスはその中央で静かに思いを巡らせる。
「(……すまない……もう戻れない……)」




