第19話 見えない敵を追って
皇太后陛下への謁見も終わり、レオンハルトとフラウセリアが揃って庭園までやってきた。
庭師たちがこの日の為に丹精込めて手入れを行った甲斐があり、今は季節の花々が美しく咲き乱れていた。
「これは素晴らしい……咲き乱れる花たちも良いけど、それ以上に人をもてなす為の気配りが素晴らしいね……」
レオンハルトは庭園を見ながら感嘆のため息を漏らす。
「気に入って頂けて嬉しいです……わたしもこの庭園が大好きなので……」
フラウセリアが小さな声で話し掛ける。
「帝国の庭園は壮麗ではあるが……こうして人を迎える温かさは初めて見ました」
レオンハルトはそう言って頷いている。
「レオンハルト様……わたしのお気に入りの場所があるんです。ぜひ、ご案内させてください」
「へえ、フラウセリア姫のお気に入りか……それは楽しみですね」
レオンハルトが微笑むと、フラウセリアは思わず顔を背けてしまう。
「(はう……さっきからレオンハルト様の顔を見る事が出来ない……)」
そんな様子を少し離れた場所から、ニコとフロムが生温かく見守っている。
「おい、姫様、そうとうテンパってんぞ?」
「あたしに言われても……がんばれって応援するしか出来ないよ」
二人は周囲を警戒しながら小声で会話する。
どうやらレオンハルトとフラウセリアはガゼボの場所を目指す様だ。
「ガゼボに行くのかな……あそこはフラウのお気に入りの場所だからね」
「多分な……」
ニコとフロムは暫く無言で、レオンハルトとフラウセリアの後を追う。
「なあ、ニコ」
「ん?」
「……さっきは少し言い過ぎたかもしれない」
「急にどうしたのさ」
「公爵令息の事さ……意外に良い奴かも知れない」
「えっ?」
思わずフロムの顔を見るニコ。
「さっきからずっと観察してたんだけどさ……アイツ、姫様の歩く速度に合わせてる……しかもごく自然に」
「へっ……そうなの?」
「ああ。まあ、女性に対する気配りなのかもしれないが……あんなに自然には出来ない奴が多い……特に上位貴族にはな」
ニコはそう言われて、先を歩く二人を見つめる。
確かにフラウセリアの歩く速度に合わせている感じがする。
「あれは芝居じゃなかなかできない……だから、少しは信用してやろうかとおもってな」
その言葉を聞き、ニコがニヨニヨと笑みを浮かべる。
「な、なんだよ、その顔は」
「いやあ、フロムも素直じゃないなって……うふふ、可愛いな」
「て、てめえ」
フロムの耳が赤くなる。
どうやら図星だったらしい。
「えへへ……良かった。やっぱりフロムだね」
「何だよそれ」
「いいの。ほら、二人がガゼボに到着したよ……あたし達も警護の場所に行かないと」
そう言ってニコが早足で移動を始める。
「あ、こら、置いてくなよ」
フロムも苦笑しながらニコの後を追うのだった。
◆
王都。
平民たちが生活するエリア。
フラウセリアの婚約披露舞踏会まで二週間を切っており、どことなく街が落ち着かない雰囲気になっている。
最近はとかく物騒な話や不景気な話が多かったので、フラウセリアの婚約披露というイベントは、王都の住人達にとって久しぶりの明るい話題だったのだ。
商店街には花が飾られ、食べ物の屋台の掛け声も賑やかになっている。
婚約披露に合わせて、様々な人々が王都に集まり、街は今までにないくらいに活気に満ちていた。
そんな商店街の中をヴァスケスとアグネスが連れ立って歩いている。
「ヴァスケス班長、今日は人工湖の方へは行かないのですか?」
アグネスが尋ねる。
ヴァスケスは首だけを振り向かせてアグネスに答える。
「あっちはアレクシア団長自ら調査隊を構成している……オレ達はお役御免って訳だ」
「そうなんですか……」
アグネスは少しほっとしたように息を吐く。
「今は街中の方に注意しなきゃいけない……それでなくてもよそ者が集まってきているからな」
「確かにそうですね……」
アグネスが周囲を見回すと、明らかに王都以外からきている人間が目立ち始めていた。
「まあ、姫様の婚約披露なんて、平民からしたらお祭りみたいなもんだからな。盛り上げて、がっぽり稼ごうって魂胆なんだよ」
ヴァスケスのあけすけな物言いにアグネスが苦笑する。
「で、どこに向かっているんですか?」
「ん、この間押し込みがあった武器商会……今はもぬけの殻だがな」
「……そんな場所に何かあるんですか?」
「分からん……だから行くんだろ?」
ヴァスケスはそう答えると、さっさと人混みを掻き分けて目的地に向かう。
アグネスもヴァスケスの姿を見失わないように人を掻き分けながら追いかけるのだった。
◆
空き家になった武器商会。
出入り口を板で塞がれ、家の中には入る事が出来ない。
入り口近くには立札が立ててあり、立ち入り禁止と書いてあった。
「ふん。こんなもの立てても無駄だってのにな……」
ヴァスケスはそう言いながら、建屋の裏手に回る。
裏口の扉も板で打ち付けられていて、中に入る事が出来ない。
「なるほど……誰も立ち入れないようになっている……か」
「それが何か問題なんですか?」
アグネスも商会の周りを確認しながらヴァスケスに尋ねる。
するとヴァスケスがアグネスに答える。
「こんな感じの空き家が既に何件か点在している……どの空き家も貴族街へ抜ける道筋にある……考えすぎかもしれないが、何か騒ぎを起こすなら絶好の隠れ場所だと思わないか?」
その言葉を聞いて、アグネスの表情が厳しいものになる。
「これはオレの勘なんだが……婚約披露の日……何かが起きるとふんでいる……それが何かは分からねえけどな……」
「これだけ厳戒態勢をとっているんですよ……」
するとヴァスケスは急に立ち止まって、アグネスの方に振り返る。
ヴァスケスの視線がアグネスの視線と交差する。
「お前、自分が何か騒ぎを起こす方だとしたら……どう考える?」
アグネスの視線が不意に貴族街の方へ向く。
貴族街の方は、平民外の雰囲気とは異なり、それほど浮ついた感じはない。
「婚約披露の日は王都中の警備が王城に集中する。貴族街の方が目的になるかもしれませんね……」
アグネスがそう答えると、ヴァスケスが大きく頷く。
「だろ。そうならないためにも、調査が必要なんだよ……」
ヴァスケスはそう言って再び前を向く。
「奴らの狙いが分かれば……対処できるんだが……何か一つ、決定的なものを見落としている気がする……」
そう言ってヴァスケスは次の探索場所に向かうのだった。




