第18話 皇太后への誓い
ニコがフラウセリア王女の私室に入る。
「ニコッ」
鏡の前で髪を梳かれているフラウセリアが、鏡越しにニコに声を掛ける。
「おはようございます。フラウセリア王女殿下」
ニコが一礼する。
「ニコが来たら聞いてもらおうと思ったことがいっぱいあるのよ」
フラウセリアが上機嫌で語り掛けてくる。
「良い方の様ですね。公爵令息は」
ニコはそう言ってから、今日の予定の確認をする。
「そう言えば、公爵令息がご挨拶にいらっしゃるとか……」
「そうなのっ!!」
いきなりフラウセリアがニコの方に振り返る。
「姫様っ、おぐし直しが……」
エステルが慌てるが、フラウセリアは目を輝かせてニコに語り掛ける。
「レオンハルト様、とてもやさしいお方で……アメジストの目の色がとても綺麗で……」
フラウセリアはすっかり恋する乙女になっていた。
「フラウ。お話はちゃんと聞きますから、今は髪を整えましょうね。エステルも困ってますよ」
「むう」
フラウセリアは頬を膨らませて、鏡に向かう。
「なんだか最近、ニコがお姉さんみたいで……釈然としない」
「まあまあ。それより今日は公爵令息が皇太后さまに表敬訪問するんでしょ?」
ニコがそう言うと、フラウセリアの表情が緩む。
「うん。そうなの。レオンハルト様が、どうしてもおばあさまにご挨拶したいって言ってくれて……それならって謁見の機会を設けましょうって」
「良かったね。皇太后さまにご挨拶したいなんて、なかなか言えないと思うよ」
「でしょ!? わたしも最初聞いたときはびっくりしちゃって……社交辞令なんだろうなって思ってたんだけど……本当におばあさまにお会いしたいんだってわかって……」
そこまで言ってフラウセリアの耳が赤くなる。
「……素敵な方だなって……」
ニコは鏡越しにフラウセリアに微笑みかける。
「じゃあ、おめかししないとね……ねえ、エステル」
「はい。お任せください。なのであまり動かれませんように、お願いいたします」
「むう」
その後は、フラウセリアは大人しく髪を結われ、化粧を施されていく。
暫くすると、どこから見ても完璧な王女様が出来上がる。
「では、姫様。次はお召し替えですよ」
「はい」
フラウセリアが優雅に立ち上がる。
「今日は、あたしとフロムでフラウの警護をするからね」
「頼りにしてるわよ、ニコ」
そう言ってフラウセリアとエステルが私室から出て行った。
ニコは部屋の中を一回りして戸締りや蝋燭の炎を確認していく。
「よし、問題なし」
そう呟いてから、ニコはフロムと合流する為に騎士の詰め所へ向かうのだった。
◆
離宮の謁見の間。
普段は静寂に満ちている空間が、今は離宮に住まう女性達が集まり、賑やかな空間と変化していた。
天井から下がる巨大なシャンデリアが室内を明るく照らし出し、複雑な陰影を作り出している。
ヴァルキュリア騎士団の騎士達も、今日は正装に身を固め、謁見の間の要所に立っていた。
「皇太后陛下、王女殿下のおなりです」
係りの者の声が謁見の間に響くと、急に静けさが訪れる。
室内の者たちの視線が一転に集まる。
奥の扉から、一人の年老いた女性が姿を現す。
皇太后陛下だ。
しかし、その歩みは老いを感じさせない、矍鑠としたものだった。
その後ろにフラウセリアが付き添うように歩いてくる。
その後ろにヒルデガルド副団長、ジェシカ班長が続き、最後尾にニコとフロムがついていく。
皇太后陛下とフラウセリア、そしてヒルデガルドが、一段高くなっている場所に設えられている玉座に移動する。
皇太后は、一度室内にいる人々を睥睨してから、静かに玉座に座る。
その立ち居振る舞いだけでも、この女性から威厳がにじみ出ている。
フラウセリアが皇太后陛下の右隣に立つ。
その反対側にはヒルデガルド副団長が立ち、ジェシカ達は、一段低い場所で人々に向き合う形で立つ。
若干の緊張をはらんだ静寂の中、再び係りの者の声が響く。
「帝国公爵家令息、レオンハルト・ヴァルゼリア様、御到着」
その声の後、謁見の間の入り口がメイド達によって開かれる。
其処に帝国公爵家のレオンハルトと、その従者である年配の男性、そしてコリーナ小隊長が姿を現す。
レオンハルトは一瞬だけ目を見開くが、すぐに穏やかな表情に戻る。
そして確かな足取りで皇太后陛下の前に進み出ると、ゆっくりとその場で頭を下げて跪く。
その動きに合わせて、従者とコリーナもその場に跪く。
皇太后陛下はその様子を見てから、静かにレオンハルトに話し掛ける。
「面を上げなさい……直答を許します」
その言葉にレオンハルトが顔を上げると、穏やかそうな笑みを浮かべる皇太后陛下の顔があった。
「お初にお目にかかります。帝国公爵家嫡男、レオンハルト・ヴァルゼリアです。皇太后陛下に置かれましては、ますますご健勝のこと、心よりお慶び申し上げます」
レオンハルトがしっかりした口調で挨拶を口にする。
「ありがとう。貴方こそ、遠路はるばる良くいらっしゃいました……この老体に挨拶を受ける機会を作ってくれて、感謝しているわ」
「勿体ないお言葉……私も皇太后陛下にお会いできて、大変光栄です」
その時だった。
皇太后陛下が玉座から立ち上がると、ゆっくりとレオンハルトの元に近づいていく。
「皇太后陛下……」
当初の予定にはなかった行動に、レオンハルトも目を見開く。
しかし、皇太后陛下はレオンハルトの直前に立つと、静かに語りかける。
「立ち上がりなさいな……この態勢では話しづらいわ」
「皇太后陛下……」
レオンハルトが立ち上がる。
すると皇太后陛下がレオンハルトの右手を優しく掴むと、自分の両手を上下に重ねる。
「フラウセリアのこと、よろしくね。……可愛い孫なの」
「皇太后陛下……」
レオンハルトは自分の左手を皇太后陛下の手の上に重ねる。
「はい。必ずフラウセリア姫を幸せにいたします……」
そう言ってから、フラウセリアの顔を見る。
「いえ、そうではありませんね……二人で幸せになります」
その言葉を聞いて、フラウセリアの顔が遠くから見てもわかる位に赤くなる。
ニコはずっとその光景を見て、思わずため息が漏れる。
「(素敵……めっちゃ、格好いい人じゃない……フラウ……良かったわね)」
そう考えていると、フロムがニコの横に立つ。
「あれさ、芝居でやってんなら相当な狸だよな?」
「……フロム?」
ニコはフロムの言い草に思わず顔を顰める。
「何だよ? お前、性格の良い貴族が存在するなんて本気で信じてるのか……おめでたい奴だ」
「そんな言い草ないでしょ。良いじゃない、幸せそうにしているのに、何でそんなこと言うのよ?」
「だからお前は単純だって言われんだぞ……少しは人を疑えよ」
「むう」
ニコがフロムを睨んでいると、レオンハルトの方に動きがあった。
再びレオンハルトが皇太后陛下の前に跪くと、皇太后陛下の右手の甲に口づけをする。
「私は生涯をかけて、フラウセリア姫をお守りします……これはその誓いです」
フラウセリアの顔が更に真っ赤になる。
ニコはその姿を見て「よかったね、フラウ」と呟く。
そしてフロムは「……見せかけじゃなきゃいいがな」と一言だけ吐き捨てるのだった。




