第16話 王女の覚悟
婚約披露舞踏会まであと二週間。
この日、王都から一番近い関所に、第一騎士団とヴァルキュリア騎士団の総勢二百名の騎士が集まっていた。
もうすぐ此処に、帝国の公爵令息がやってくるのだ。
彼らは公爵令息の護衛と、王国の威信を示すために、すでに一時間以上も前からこの場で待機していた。
やがて道の向こうから、豪奢な四頭立ての馬車がやってくるのが見えてきた。
周りを騎馬騎士達に囲まれ、後ろには関係者たちの馬車が十数台続いている。
その様子を見ていたアレクシア団長がほっと息を吐く。
「何事もなく、此処までいらしたようですね」
副団長のヒルデガルドがアレクシアの耳元に囁く。
アレクシアが前方を見つめたまま答える。
「ああ。此処までくれば王城までは目と鼻の先だ……不穏分子たちも帝国に牙を向ける事はしなかったようだな」
「であれば良いのですがね……まだ、気が抜けませんね」
ヒルデガルドが表情を引き締める。
「そうだな。ヒルデガルドの言う通りだ……気を抜かずに行こう」
其処に第一騎士団のスティーブが馬に乗ってやってきた。
「見えてきましたね……」
スティーブがぼそっと零すように話しかけてきた。
「ああ。口上は第一騎士団に任せるよ」
アレクシアの言葉にスティーブの表情が曇る。
「こういうのは本来、第一騎士団の団長がやるべきなのに……出迎えに行くと格下に見られるとか言って……困ったものです」
スティーブの愚痴にアレクシアが苦笑する。
「そうだな。出迎えに上がる事が丁寧にもてなす事に繋がると思うのだがね」
アレクシアはそう言ってから、後方の騎士達に指示する。
「全員、横一列に並べっ!!」
ブルルルルルッ
馬達が嘶き、騎乗する騎士達が街道の脇に一列に整列する。
「第一騎士団、整列っ!!」
スティーブの掛け声で、第一騎士団の騎乗する騎士達が、街道を挟んでヴァルキュリア騎士団の向かい側に整列する。
そして関所の前に、アレクシアとスティーブが並んで待機する。
馬車が十分に目視できる距離にまでやってきた。
そして其処で停止し、帝国側から使者の旗を掲げた騎士が、馬に乗ってこちらに近づいてきた。
「さあ、いよいよだぞ」
アレクシアも表情を引き締めるのだった。
◆
「私は帝国近衛騎士団、バルム・ローゼンである。アルデリオン王国の騎士団とお見受けするが、間違いないか?」
「いかにも。我々はアルデリオン王国第一騎士団、そしてヴァルキュリア騎士団である。貴殿らの来訪を歓迎するものである」
スティーブがそう言うと、背後に整列していた騎士達が右手で鞘に入ったままの剣を頭上に掲げる。
これは右手で鞘入りの剣を掲げる事で、敵意の無い事を示す儀式だった。
帝国の騎士もそれを知っているようで、その光景を見て満足そうに大きく頷いた。
「我々は帝国公爵家嫡男、レオンハルト・ヴァルゼリア様をお連れしている。王城までの警護を要請する」
「承知した。御安心召されよ」
スティーブが堂々と言い切ると、使者は大きく頷いて自陣に戻る。
そして件の馬車の中の人物に何かを報告すると、再び馬車が動き出す。
先頭の馬車がゆっくりと関所を通過していく。
王国のものとは様式の異なった豪奢な馬車が騎士達の間をぬって移動していく。
そしてその馬車を先導するように、ヒルデガルドが騎乗している騎馬が前を行く。
前方には威容を示す王城の姿が見えていた。
◆
アルデリオン王国の王都。
女性王族の為に設えられた豪華な建造物……俗に離宮と呼ばれている場所。
その離宮の奥に、王族達の私室があった。
「そろそろ、着くんじゃないかな……」
ニコが窓の外を見ながら、先程鳴った鐘の音を数えながら呟く。
フラウセリアは今、エステルたちに取り囲まれて、豪奢なドレスに着替え、入念な化粧と髪の手入れをされている。
「もうそんな時間ですか……皆さん、急ぎましょう」
「「はい」」
エステルの掛け声で女性達の手の動きが更に速くなる。
「ニーコー」
フラウセリアが泣きそうな声を上げる。
「ねえ、ニコってばっ、聞こえてるんでしょ?」
ニコは窓の外からフラウセリアに視線を戻す。
其処には複数の女性達に、完ぺきに仕上げられた、フラウセリア王女の姿があった。
「すごーい。どこから見ても完璧な王女様だよ」
「うー」
フラウセリアが複雑な表情でニコを睨む。
「今日はいよいよ顔見せだね。姿絵しか見てないけど、優しそうな人だったね」
「うー」
どうやらフラウセリアは緊張しているようで、握った手がフルフルと小刻みに震えている。
ニコは身支度が終わったタイミングで、フラウセリアの前に跪く。
そして跪いたまま右手をそっと差し出す。
フラウセリアの右手がその上にやさしく添えられる。
掌から、フラウセリアの色々な感情が伝わってくる。
ニコはフラウセリアの目を見て語り掛ける。
「大丈夫。フラウは頑張った。今日はその成果を見せるだけ……フラウなら出来るよ」
そう言うと、フラウが静かに目を瞑る。
そして呼吸を整えてから、すっと目が開かれる。
其処には先ほどまでの緊張していた少女の姿はなく、凛とした佇まいの王女がいた。
ニコはもう一度頭を下げてから、定位置である扉の横へと移動する。
室内に静けさだけが流れていく。
コン、コン
扉がノックされる。
「王女殿下……お支度はよろしいですか?」
フラウセリアがニコに向かって小さく頷く。
「はい。殿下のお支度は恙なく終わっております」
そう言って、ニコが扉を開ける。
扉の向こう側には、メイド長とヴァルキュリア騎士団の先輩騎士が二人立っていた。
「お時間でございます……王城の方へ移動をお願いいたします」
メイド長の言葉で、フラウセリアがゆっくりと立ち上がる。
そしてまっすぐ前を向いて扉に向かって歩いてくる。
ニコは扉の横で騎士の礼をとる。
フラウセリアがニコの前を通る瞬間、小さく唇が動く。
「(ありがと)」
声としては聞こえなかったが、その言葉は確実にニコに届いた。
騎士を先頭に王女、メイド長、エステルと続き、最後を騎士が歩いていく。
ニコはその後姿を見守りながら、フラウセリアに心の中で声を掛ける。
「(頑張れ、フラウ)」
ニコはフラウセリアの姿が見えなくなるまで、騎士の礼をとり続けるのだった。




