第15話 迫る舞踏会、動き出す影
ヴァスケスとアグネスは雑草の生い茂る草原を奥へ奥へと進んで行った。
やがて草むらがぽっかりと刈り取られたようになっている空間が現れる。
「……此処で雑草を集めて、荷車で運んだのか……」
ヴァスケスは感心したように辺りを見回す。
「たかが小道の一本を消すのに、こんなにも手間暇かけるなんてな……」
ヴァスケスはそう言ってからアグネスの方に振り返る。
「お前さ……さっきから殺気が駄々洩れなんだが……うぜえから、それを引っ込めろ」
「す、すいません」
アグネスがヴァスケスに頭を下げる。
「何に警戒しているんだか知らねえが……喧嘩を売る相手を間違うなよ」
「……」
「もしかして、俺にケンカを売ってんなら……いつでも買うぜ?」
「……そんなつもりは……」
暫くの間、ヴァスケスとアグネスは無言で向かい合う。
そしてヴァスケスが両手を開いて見せる。
「興が覚めた……戻るぞ……」
「調査を……続行しないのですか?」
「して欲しいのかよ?」
「……」
ヴァスケスは馬に近づくと、ひらりと馬に乗る。
「先に行くぜ……後は勝手にしろ」
そう言ってヴァスケスはさっさと馬を歩かせる。
ヴァスケスが立ち去っても、アグネスは俯いたままその場に佇むのだった。
◆
離宮。
フラウセリア・アルデリオン王女の私室。
その室内で、フラウセリアはニコニコと笑みを浮かべている。
「えへへ……わたしの部屋にニコがいるよー。嘘じゃないんだねっ」
そう言ってベッドの上でゴロゴロと転がっている。
「姫様……お行儀が悪いですよ」
「良いじゃない。此処にいるのは、わたしと、エステルとニコだけなんだから……ねえ、ニコ?」
「……」
ニコはドアの横に無言のまま休めの姿勢で立っている。
「えー、何で何も話してくれないの?」
「……任務中ですので……あたしは居ないものだと思ってください」
「いるじゃない」
「……そうですけど……」
するとフラウセリアが頬を膨らませて抗議する。
「私室警護が出来るようになったら、お部屋でお話してくれるって約束だったじゃない」
「うぐっ……それは……そうですが」
旗色が悪くなったニコを、エステルが無言で応援する。
「わたしはもうすぐお嫁に行っちゃうんだよ? ニコとお話ができるのもあとひと月も無いんだよ? 時間は貴重なんだよ?」
「姫様……ニコが困っていますよ」
「エステルまで……なによっ……少しくらい良いじゃない……何でよ……」
フラウセリアの大きな瞳がウルウルと涙を浮かべる。
「フラウ……」
ニコはゆっくりとフラウセリアの前に移動すると、その場に跪く。
「そんなに悲しまないでください……瞼が腫れてしまいますよ」
そう言ってニコは白いハンカチをフラウセリアに差し出す。
フラウセリアはそれを受け取ると、そっと自分の目を抑える。
「フラウが帝国に嫁ぐために、凄く努力している事は良く分かっているよ」
「……」
「だからこそ……いや、こんな話は無しだね。ごめんね、フラウ」
「……ニコ?」
「あたしも、フラウとおしゃべりしたかったよ。帝国の事とか、教育の事とか、もちろん未来の旦那様の事についてもね」
そしてニコはエステルに向かって両手を広げる。
「フラウを悲しませてまで任務を押し通すことはできないよ……ごめんね、エステル」
エステルも分かっていたようで、あきらめた様に苦笑する。
「そうですね……堅苦しい警護はほかの人にやってもらいましょう」
「ニコ……エステル……」
フラウセリアに笑顔が戻る。
「じゃあ、さっそくだけど、いっぱい愚痴とか言っていいよ。ちゃんと聞くからさ」
「ニコ……本当?」
「うん」
そしてフラウセリアが少しずつ、帝国の事とか、教育の事とかについて話し出した。
ニコとエステルはフラウセリアの言葉にじっと耳を傾けるのだった。
◆
その日の夜。
王城の周りの森の中。
ローブを被った人物が森の中で馬を走らせていた。
やがて、森の中の水場に到着する。
ローブの人物が馬から降りると、馬は勝手に水場に移動して水を飲み始める。
その様子をローブの人物が見ていると、森の奥から頭目が姿を現す。
「……突然いらっしゃるなんて……何かありましたか?」
ローブの人物が振り返って答える。
「人工湖の出入り口が発見されるかもしれない……」
「まさか……あれだけ偽装もしたんですよ?」
ローブの人物は首を振る。
「勘の良い奴がヴァルキュリアにいる。そいつが近いうちに嗅ぎつけるだろう」
「……そうですか……わかりました。少し計画を見直します」
「頼む」
「そうですね……まずはスラムの奴らを調整池の方に移動させますか」
「……その方が良いな」
「となると、王城の裏からやる計画が使えなくなりますね」
「そちらに関しては、わたしに考えがある……こちらも予定を変える」
「例の切り札を使われるのですか?」
「ああ」
「……あまり無茶されませぬように……」
「お前たちこそ、無理はするなよ」
そこで二人の会話が終わる。
ローブの人物が短く指笛を鳴らすと、水場に居た馬が戻ってくる。
「いずれにしろ、ヴァルキュリアは想像以上に厄介だ……気を付けろよ」
「承知しました」
そしてローブの人物が馬に乗る。
その瞬間、ほんのわずか覗いた金色の髪を月の明かりが照らし出す。
そしてローブの人物は来た時と同じように、馬を静かに走らせ立ち去って行った。
頭目は深く息を吐く。
「……いよいよだな」
森は再び静寂を取り戻した。




