第11話 祝福の裏で
フラウセリア・アルデリオン王女の婚約披露舞踏会まであと一か月と迫ったこの日。
離宮のフィッティングルームでは、メイド達や女官たちが集まり、固唾をのんでニコの刺繍する姿を見守っていた。
そして、暫くののちニコが手を止めて、顔を上げる。
「……出来ましたっ!!」
「「「「きゃああああああっ!!」」」」
フィッティングルーム内が歓声に包まれる。
ニコにエステルが抱き着く。
「頑張ったわね、ニコッ」
「えへへ……こっちこそごめんね。足を引っ張っちゃって」
「そんな事無いわよ。ねえっ?」
エステルが周囲のメイド達や女官たちに尋ねると、皆が微笑んで手を叩き始めた。
パチパチパチパチパチパチパチパチ
女性陣からの拍手にニコの頬がみるみる赤くなる。
「ありがとうございます。皆さんにはご迷惑ばかりおかけしてしまって……でも、こうして刺繍を完成する事が出来ました」
ニコは周囲の女性陣に向かって、騎士の礼をする。
王女のウェディングドレスへの刺繍は、結局一番不器用だったニコが最後になってしまったのだが、周囲の女性陣はそれを温かく見守ってくれたのだ。
「丁度、明日から本縫いで、アクセサリーも取り付けるから、丁度良いタイミングでしたね。お疲れさま、ニコ」
メイド長もそう言ってニコを労ってくれた。
「えへへへ」
しかし、時間が押していたのか、ウェディングドレスはそのまま大きな箱の中に仕舞われてしまう。
「あーあ……次に見られるのは本番の日か……」
ニコがそう言うと、女性陣も頷く。
「そうですよ。これで舞踏会まであとひと月となりました……何としてでも、姫様の舞踏会を成功させましょうね」
「「「「はい」」」」
メイド長の言葉に、女性陣の心が一つにまとまった瞬間だった。
◆
ニコはフィッティングルームから出ると、そのまま謁見の間へ移動する。
今日も部屋の中には誰もおらず、シンとした静寂が部屋を支配している。
ニコは、いつも通りの巡回を開始する。
窓の施錠や、カーテンの裏側、壁の燭台の残り火などを確認していく。
「……そう言えば、此処で戴剣の儀をうけてから数か月か……あっという間だったな」
ニコは改めて謁見の間を見回す。
「フラウがお嫁に行っちゃうんだ……なんだか、信じられないよね……」
ニコの脳裏にフラウの笑顔が浮かぶ。
「そう言えば最近、公爵家への輿入れ教育が厳しいって、エステルが言ってたな……フラウ、大丈夫かな」
脳内のフラウが、ぎゅっとこぶしを握り締めて、気合を入れている。
「ふふふ……実際のフラウならそんな事しないけどね」
ニコは部屋の確認を終えると、次の巡回先へ移動する。
「次は、舞踏会場だ……」
「あとひと月……何も起きませんように」
ニコはぎゅっとこぶしを握り締めて、気合を入れるのだった。
◆
その日の夜。
王都の片隅で事件が起こった。
日ごろから評判の良くない武器商人が強盗に襲われるという事件だった。
普段であれば、この手の事件は衛士が対応するのだが、王女の婚約披露舞踏会というイベントを後一月後に控えているという時期の為、第一騎士団も調査に駆り出されていた。
荒らされた武器商会の内部を、スティーブが注意深く進んで行く。
扉を開け、奥の間に進むと、商会の主の亡骸が床に横たわっている。
衛士たちが、亡骸を取り囲みながら状況を確認していた。
スティーブは衛士たちに声を掛ける。
「よお、何か分かったか?」
「スティーブ分隊長……お疲れ様です」
顔なじみの衛士が挨拶をしてきた。
「物盗りが見つかって、開き直って強盗に豹変……って感じですね」
「……何でそう思う?」
「入り口の扉とか、壊されてなかったでしょ? 入るときは静かに入って、物色しているところを見つかって……騒がれて揉み合って……バッサリですかね」
衛士は痕跡を指さしながら説明する。
「なるほど……で、何を盗られたんだ?」
「売上金が丸ごとみたいですね……後は倉庫が荒らされていたんで、剣の類が盗まれたかもしれませんが……いかんせん、荒らされ過ぎてて」
「帳簿とか見れば、売り上げが幾らくらいあったか分かるんじゃないか?」
そう言うと衛士が苦笑する。
「どうもこの男、帳簿とかをマメにつける癖が無いようで……数か月前から記入されてません」
「……それは……困ったもんだな」
二人は床の亡骸を見つめる。
「という訳で、物盗りか強盗の可能性が高いですね……最近、王都の治安も悪くなってきてますからね……おっと、騎士様の前で……すみません」
スティーブも苦笑して片手を上げる。
「じゃあ、後は任せるよ。報告書だけは回してくれよ」
「分かってますって」
そしてスティーブは商会から出る。
空には満天の星空が広がっている。
「……なんだかな……こんな日に強盗なんてな……ついてない奴だ」
スティーブはそう言って仲間の騎士と共に、再び王都の巡回に戻る。
スティーブはこの事件をただの強盗事件だと思った。
だから、この商会から大量の武器が運び出されている事に気づけなかったのだ。




