第10話 束の間の安らぎ
次の日の朝。
宿舎にフラフラになったニコが戻ってきた。
「たーだーいーまー」
ニコは部屋に入るなり、ベッドの上に倒れ込む。
部屋の中にいたフロムがびっくりした表情で声を掛ける。
「おい、どうした? 昨日、帰ってこないから心配したんだぞ?」
「あうー……詰め所に監禁されれたんだよぉ……徹夜だよぉ……」
「……はあっ?」
フロムはヘロヘロのニコから事情を聴きだす。
「……つまりは、門限破りを見つかって、そのまま詰め所に朝までいたんだな」
「うん……眠い」
フロムは半目になってニコを見つめる。
そして大きなため息を吐く。
「離宮に出仕する時間まで寝てろ。起こしてやるから」
「あうー、ありがと……」
そう言ってニコはスウッと眠りに落ちる。
「まったく……手間のかかる妹だぜ」
フロムは頭を掻きながら部屋を出て行くのだった。
フロムが出て行ってから暫くして、今度は朝練を終えたアグネスが部屋に入ってきた。
そしてベッドの上で制服のまま眠り込んでいるニコを見つけて驚く。
「……ニコ……何があったんだい?」
アグネスが尋ねても、ニコは深く眠っている。
「まさか、朝帰りってことは無いよね」
アグネスは眠っているニコを一瞥してから、今日の任務の為の装備に着替え始める。
其処に食事を終えたフロムが戻ってきた。
「やあ、おはよう」
アグネスが爽やかに挨拶をする。
「朝練だったのか。元気だな」
「フロムだってやっていたじゃないか。最近、姿を見ないけど」
そう言ってアグネスはクスクス笑う。
「ニコのさぼり癖がうつったんだよ……まったく。幸せそうな顔で寝てやがる」
フロムがベッドの上のニコを見ながら文句を言う。
「ニコはどうしたのさ……制服のまま寝てるけど?」
「こいつ、昨日門限破りしたんだと。それで朝まで詰め所に留め置きされてたみたいだ」
「……門限破り……ニコが?」
「エステルたちと何かしているみたいだ……どうせ、夢中になって門限を守れなかったんだろ」
アグネスはもう一度ニコの寝顔を見つめる。
「そんな訳で、出仕ギリギリまで寝かせておくことにしたんだ……驚かせて悪いな」
「……いや。じゃあ、わたしは先に行くね」
「おう。頑張れ」
アグネスは軽く手を上げて部屋を出て行く。
アグネスを見送ったフロムが呟く。
「あれっ……アグネスも昨日相当遅かったような気がしたんだが……気のせいか?」
フロムは考えるの止めて、今日の出仕の準備を始める。
その横で、ニコが幸せそうに眠っていた。
◆
「おい、起きろ。もうギリギリだぞ」
ニコは激しく肩を揺さぶられる。
「あうっ……起きる……起きるからやめて」
頭をグラングランさせながらニコが目を開ける。
「早く支度しろよ。もう時間ないぞ」
「うん……あれ、あたし制服着てる……」
「着替えてねえんだよ」
フロムは呆れながら、ニコの制服の皺を直す。
「今日はこのまま我慢しろ。自業自得だ」
「あうっ」
「あと、これ持ってけ」
そう言ってフロムが小さな布の袋を手渡してきた。
「……見つからないように食うんだぞ」
「えっ?」
ニコが袋を開けると、中にコッペパンサンドのようなものが入っていた。
「食堂のおばさまに頼んだんだよ……おばさまも心配してたぞ。あとで礼を言っとけ」
「う、うん。ありがと」
「そろそろ時間だ。行くぞ、ニコ」
「うん」
フロムが部屋を飛び出し、ニコがその後を追いかける。
ニコの心が少しだけ軽くなった。
けれど昨夜、塀を越えていった「あの横顔」だけは、どうしても頭から離れなかった。
■閑話 フェアチャイルド家の受難
「おい、待てっ!!」
近衛騎士団が、ずかずかと屋敷の中に入るのを止めようとするフェアチャイルド。
しかし、多勢に無勢で、すぐに取り押さえられてしまう。
「我々の行動を阻止しようなどとは……王家に対する反逆はもはや疑いようもないっ!!」
近衛騎士団の騎士が大声で恫喝する。
その声に、屋敷の外からフェアチャイルド家に仕える領兵達が集まってきた。
そして近衛騎士団に拘束されている当主の姿を見つける。
「御当主様っ!!」
領兵達が駆け寄ろうとすると、近衛騎士団の騎士達がそれを阻止するように、前に立ち塞がる。
「この者は王家に反逆を企てた。貴様らも、反抗すればこの者と同罪だぞっ!!」
「そ、そんなっ!!」
「御当主様を離せ!」
その声に反応するように、近衛騎士が剣を抜く。
フェアチャイルドが領兵たちに向かって叫ぶ。
「剣を抜くな! 命令だ!」
「御当主様……」
押さえつけられていたフェアチャイルドが領兵たちに語り掛ける。
「良いのだ……お前たちは領民を守ってくれ……これは何かの間違いなのだ……」
「御当主様……」
領兵たちが悔しさで奥歯を噛みしめ、泣きながら剣を収める。
すると、屋敷の奥から、一人の女性が近衛騎士団によって連れてこられた。
「奥方様っ!!」
奥方様と呼ばれた女性は、近衛騎士団に取り囲まれながらも、凛とした姿勢を崩さない。
「フェアチャイルド夫妻を拘束しました」
近衛騎士団の騎士がアンダーウォーター卿に報告する。
「ガキどもがいる筈だが……?」
「それが、手分けして探しているのですが、見つかりません」
「ちっ、まあいい。こいつらを連れて行けば、フェアチャイルド家はお終いだ」
アンダーウォーター卿はそう言うと、近衛騎士団に命令する。
「こいつらを逃がすんじゃないぞ……王都で正当な裁判にかけるのだからな……」
「はい」
そして近衛騎士団が、フェアチャイルド夫妻を連れて行く。
最後に残ったアンダーウォーター卿が、領兵たちに向かって口を開く。
「王家による、正当な裁判が行われる……まあ、取り潰しは間違いないだろうがな……これも勇者の遺構を勝手に模倣した報いと思えっ」
そう吐き捨てるように言って、アンダーウォーター卿が立ち去っていく。
後には荒らされた屋敷と、唖然とする領兵と家人たちが残されたのだ。




