第9話 調査終了、その夜に
王都のスラム街。
朽ちた教会の祭壇。
其処から繋がる地下道の調査を行っていた第一騎士団だったが、日に日にその精彩が失われていく。
迷路のように入り組んだ地下道。
崩落や漏水によって閉ざされた通路。
そして見たこともない水性の魔物達。
それでも調査を続ける事で、地下道の奥にある調整池から通じている幾つもの下水道や通路の調査が完了した。
「……結局、これだけ調べても大したところに通じている地下道な無かったってことか……」
第一騎士団第一分隊長のスティーブは、部下から上がってくる報告をまとめながら、独り言を呟く。
「まあ、一か月近く調査を行った結果だからな……上に報告して納得してもらうしかないな」
そう言いながらも釈然としない感情が残る。
「しかし、最近スラムの住人が減った気がする……こっちに関しては調査をしたわけじゃないからな……」
スティーブが悩んでいると、不意に後ろから声を掛けられる。
「スティーブ隊長、少しお時間を頂いてもよろしいか?」
ヴァルキュリア騎士団、第一小隊長コリーナだった。
「これはこれは。コリーナ隊長、大丈夫ですよ」
スティーブはそう言って振り返る。
「すまない。調査の方が一段落着いたようだな」
「ああ。今、上にどうやって報告しようか悩んでいるところだよ」
スティーブが苦笑しながらそう言うと、コリーナも表情を崩して微笑む。
「うちも同じようなものだ……ただ、今回ウチは手伝いだからな……その辺は気が楽だが」
「羨ましいですよ。こっちはこれから団長に、宰相、下手をすると国王陛下にも報告しなきゃならない……胃が痛いですよ」
「しかし、懸念することは見つからなかったんでしょ?」
「それが却って気になるところで……本当は崩落や漏水している個所の向こう側も調べたいんだが……アンダーウォーター卿が非協力的でね」
「……あの男か……確かに……困った人物らしいな」
コリーナが言葉を選ぶ。
「爵位は低いが、国王陛下からの信頼が厚いからな……奴に余計な事を言われると……色々ね……」
「二十年前の一件か……」
いつの間にか二人は声を潜めて会話していた。
「奴を恨むものは多い……が、表には誰も出さないがね」
コリーナは小さく頷く。
「困ったときは、相談位には乗るぞ……それ以上は出来ないが」
「ありがとう。心に留めておくよ」
そしてコリーナは姿勢を正す。
「我がヴァルキュリア騎士団は、今の刻限を持って第一騎士団との共同任務を終了する。協力を感謝する」
「こちらこそ。ありがとう」
スティーブは右手を差し出す。
コリーナも右手を差し出し、二人は固い握手をするのだった。
◆
その日の夜。
アルデリオン王国からほど近い森の中。
以前、第一騎士団が盗賊退治に赴いた場所。
其処に数十人のガタイの良い男達が姿を現した。
森の中にぽっかりとできた、円形の草むら。
此処には天を覆い隠す大木もなく、星空を望むことができた。
其処へ一人のローブを被った人物が現れる。
男達がローブの人物を前に、全員が跪く。
上空の風が薄い雲を押し流し、隠れていた月が現れる。
青白い月の明かりがその草むらとそこにいる人々を照らす。
ローブの人物が、頭の部分を覆っていた布を剥ぐ。
月明かりにその人物の顔が浮かび上がる。
男達はその顔を見て息をのむが、跪いたままの姿勢は崩さない。
「スラムから第一騎士団が立ち去った……当分戻ってこないだろう」
頭目と呼ばれた男が頭を上げる。
「では……予定通りに」
「必要なものを運び込むには、今がチャンスだ……警戒するものはほとんどいない」
ローブの人物が口角を上げる。
「第一騎士団の連中の目は節穴だったようだ……隠し通路も見つかっていない」
それを聞いて頭目も口角を上げる。
「はっ、では計画通りにいたします」
「舞踏会まであとひと月……皆も油断するでないぞ」
「承知しました」
頭目の声に、男達が一斉に頭を下げる。
「そなた達の忠誠……深く感謝する」
「長年の願い、必ず……必ずや王家に後悔させてみせましょう」
「……ありがとう……」
その声は優しく、男達の胸を打つ。
上空に風が吹き、雲が再び月の光を覆い隠す。
ローブの人物は、現れた時と同じように静かに姿を消す。
そして男達も静かにその姿を森の中へと隠すのだった。
◆
離宮のフィッティングルーム。
エステルとニコが相変わらず、刺繍の練習に取り組んでいた。
「うんうん、これならもう大丈夫だね……難しい所も出来るようになったし」
「えへへ、エステルにそう言ってもらえると自信がつくよ」
「ううん。最初に比べたら雲泥の差だよ……最初が酷すぎだったけど」
「ひどっ」
その時、フィッティングルームの扉が叩かれた。
「エステルッ、此処にいる?」
ドアの外から声が掛けられる。
「はーい、います」
するとドアが少しだけ開いて、仲間のメイドが顔を出す。
「エステル、メイド長が探してたわよ。一旦戻った方が良いわよ」
「えっ、もうそんな時間だった?」
「うん。もうすぐ消灯時間……って、あれ、ニコもいるの?」
「えへへ」
ニコが照れ隠しで笑っていると、メイド仲間の子が心配そうに言う。
「ニコ、門限は大丈夫? さっきも言ったけど、もうすぐ消灯時間だよ?」
「……ええっ!?」
ニコは慌てて飛び上がる。
「まずい、怒られるっ!!」
「片づけはこっちでやっておくから、早く戻りなよ」
「う、うん。ごめんね、エステルッ」
ニコはそう言うと慌てて部屋を飛び出していく。
そんな背中をエステルとメイド仲間が見送りながら思う。
「(絶対に間に合わないね)」
二人は顔を見合わせた。
◆
離宮から宿舎まで、全力で走る。
「(まずい、まずい、怒られるっ!!)」
門限破りは罰則付きの違反行為だ。
「(刺繍に夢中になってて、時間が経ったのが分からなかったよっ)」
一応、申し送りも済ませて、任務の終了後にフィッティングルームに行って、ちょっとだけのつもりが、大幅に時間を経過していた。
しかし、ニコの願いもむなしく、宿舎の前には夜間警護の騎士が二人、入り口の前に立っている。
「(……あちゃー、駄目だ……)」
ニコの足取りが急に重くなる。
そして回れ右をして逃げ出そうかと考える。
「(このまま朝までバックレちゃおうかしら……いや、駄目だ。朝帰りになったらもっと罰則がきつくなる……はうー)」
ニコの歩みが完全に止まり、宿舎を取り囲む塀に寄りかかる。
その時、不意に視界の中で動くものが見えた。
暗がりの中で、誰かが塀に何かを放り投げている。
「(……ロープ?)」
ニコは音をたてないようにして、その人物に近づいていく。
どうやらそのロープには細工がしてあるようで、塀の縁に引っかかっている。
するとその人物は、ロープを伝って塀を上っていく。
「(ええっ、門限破り?)」
その人物は慣れているのか、あっさり塀を上り切ると、塀の頂上に体を伏せさせる。
「(……うそっ!?)」
そして周囲を確認すると、そのまま塀の向こう側へと姿を消していった。
「(……そんな……まさか……)」
その人物が塀の向こう側に飛び降りる瞬間、ニコはその横顔を見てしまったのだ。
ニコがフラフラと歩き出す。
「(……あれは、間違いなく……)」
「おい、そこで何をしているっ!!」
夜間警護をしている騎士に見つかってしまった。
いきなりの怒声に、ニコの体が震える。
「ニコッ、門限はとっくに過ぎているぞっ!!」
「ご、ごめんなさい」
「とにかく中に入れ。小隊長に連絡してくる」
「はうー」
ニコは騎士団の詰め所に押し込まれると、隅に置いてある丸椅子に座らされる。
「小隊長の指示を仰いでくる。動くなよ」
「……はい」
騎士がそう言って走って行く。
ニコは騎士の後姿を見送りながら、全然別な事を考えていた。




