表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/73

第6話 祝福を縫う

 

 離宮の廊下。


 豪華な絨毯がはるか先まで敷き詰められている。


 その絨毯の上をニコは歩いている。


 この先にある謁見の間を巡回する為だ。


「いつも思うけど……足音しないほど毛足の長い絨毯って……」


 ニコは改めて廊下を見る。


 廊下は隅々まで綺麗に清掃が行き届き、塵一つ落ちていない。


「廊下だけでもこれだもんね……この先の謁見の間なんて、考えるだけで恐ろしいや」


 そんな事を考えながら巡回していると、途中にある扉がゆっくり開いた。


「んっ?」


 ニコがその扉を見ていると、中からエステルが出てきた。


 エステルはすぐにニコに気付くと、一瞬思案してから、ニコに向かって手招きをする。


「……なに?」


 エステルは左手の人差し指で唇を押さえながら、手招きを続ける。


 ニコはエステルの元に向かう。


「おはよう、エステル。何か用?」


 ニコが尋ねると、エステルがニコの腕を掴んで、悪戯を企む子供のような表情を浮かべる。


「……ニコだけに……特別だよ」


 そう言ってエステルがニコを掴んだまま、自分が出てきた部屋に戻ろうとする。


「ちょ、ちょっと」


「静かに……良いもの見せてあげる」


 そしてニコはエステルに引きずられるように、部屋の中へと入っていくのだった。


 ◆


 その部屋は、フィッティングルームだった。


 ただし、部屋は相当に広く、壁際にはたくさんのドレスが並べられている。


 部屋の中央には巨大な鏡が置いてあり、その前には豪奢な椅子が一脚おかれている。


「……何……この部屋……巨大なウォーク・イン・クローゼットだね……」


「うぉーく? 時々ニコは変な事を言うよね」


 エステルは少し首を傾げてニコを見る。


「それはまあ、置いておいて……何の用なの?」


「へへ……ちょっとね。ニコなら秘密を共有しても良いかなと思って」


「……なんだか嫌な予感しかしない」


「大丈夫。ニコが考えているようなものじゃないから……こっち来て」


 そう言って、エステルが部屋の奥へと移動する。


 ニコもエステルの後についていくと、部屋の片隅に布を掛けられた何かが置いてある。


「これはまだ、内緒だからね……ニコだから見せるんだよ」


 そう言ってエステルはその布を剥いで見せる。


 其処には、純白の豪奢なドレスがドレスフォームに着せられていた。


「……うわぁ……」


 ニコが思わず声を上げる。


 ドレスは複雑な折り返しや凝ったレースで飾り付けられている。


「これって……ウェディングドレス……」


「……フラウセリア様のだよ……まだ、仮縫いの途中だけど」


 エステルがドレスを見つめながら教えてくれる。


「……凄く綺麗だね……これで仮縫いなんだ……」


「この後、宝石とかが縫い付けられるんだよ……完成したらさぞかしフラウセリア様を引き立ててくれるんだろうな……」


「……うん……そうだね」


 二人はしばしドレスに見入っている。


「……でもさ、あたしに見せてくれてよかったの?」


「うん。ニコだし……それにね、後で話そうと思ったんだけど、離宮のメイド仲間でちょっとした計画があるんだ……それにニコも誘おうかと思って」


「いいの?」


「もちろん。……実はね……」


 エステルがニコの耳元に顔を寄せて話し始める。


「ドレスにみんなで刺繍を入れるお手伝いをすることになったんだよ……もちろん目立たない場所にだけどね?」


「へえ、それは素敵だねっ」


「ニコも参加するでしょ?」


「えっ……」


 ニコはあまり刺繍とか裁縫が得意ではなかった。


「あ、あたしがやったら、ドレスがおかしくなっちゃうよっ」


「大丈夫だって。本当に目立たない所に刺繍を入れるだけだし……一応、メイド長にも話をしたし」


「……あたし、刺繍とか得意じゃないし……」


「大丈夫だよ。一緒にやろうよ。手伝うし」


「エステル……」


「姫様もニコが刺繍してくれたって知ったら喜ぶと思うよ」


「……うー、フラウのこと言われたら断れないじゃん」


「じゃあ、決まりだね」


「……うん」


「日時が決まったら連絡するね」


「……うん」


 エステルに押し切られ、ニコは刺繍に参加することになった。


 でもその表情は少しだけ嬉しそうだった。


 ■閑話


 勇者が王都に作った下水道や、それを造るための各種の治具。


 それは王国の国民から絶大な絶賛を浴びた。


 しかもその技術を惜しげもなく市井に広めた功績を、人々は高く称賛した。


 それは平民、貴族を問わなかった。


 貴族、特に地方の貴族は、王都に張り巡らされた下水道に大きな感銘を受けた。


「この下水道があれば、街が綺麗になり、衛生状態も向上する……ひいては領民たちの生活の向上に繋がる」


 何人かの貴族が、自分の領地に下水道を構築しようと、勇者と共に下水道工事に携わり、貴族にまで上り詰めたアンダーウォーター卿の元に馳せ参じた。


 アンダーウォーター卿も申し出に快く応じ、親切に技術を教えていた。


 その結果、地方の貴族領に下水道システムが構築されて行った。


 衛生状態も改善され、地方の貴族領に活気が訪れた。


 活気が訪れれば、人も集まり、物流も活発になる。


 良い経済循環であった。


 しかし、地方貴族領での成功例が広がるにつれ、アンダーウォーター卿は、次第に技術供与の対価として、高額な金子を求めるようになった。


 そして、アンダーウォーター卿はいつの間にか、勇者の理念を忘れて己の保身を優先して考えるようになる。


 アンダーウォーター卿は、常に不安に苛まれ始めた。


「王都の下水道の技術が他の都市でも作られるようになれば、わたしの存在価値はどうなってしまうのだ……」


 不安を助長するように、下水道工事が終わると同時に横柄な態度を取る貴族も現れ始めた。


 アンダーウォーター卿は地方貴族への下水道工事の技術供与を拒むようになり、地方貴族の下水道のメンテナンスを安い金額で冒険者たちに請け負わせはじめた。


 下水道のメンテナンスには高い専門性が求められるにも拘らず……だ。


 中途半端なメンテナンスや清掃作業は、下水道の荒廃に導く。


 メンテナンスが行われずに、衛生状態が悪化したり、下水道の中に魔物が巣食うようになったりしたりする場所も出てきた。


 魔物がマンホールを通じて地上に出てくる事故も発生した。


 アンダーウォーター卿は、持てるコネと金を使い、それら全ての事実を改ざん、隠ぺいすることにした。


 そして、それらの問題のすべては、勇者の教えを正しく守らない地方貴族に原因があると公言するようになった。


 それでも、一部の貴族領では下水道システムが有効に運用され続けていたのも事実だった。


 勇者の功績と、その影。


 その両方を抱えたまま、王国に婚約披露舞踏会の日が少しずつ近づいていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ