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第1話 静かな警告

 

 アルデリオン王国王都。


 フラウセリア・アルデリオン王女の婚約が正式に発表された。


 最近の不穏な世相と相まって暗い雰囲気だった王都に、久々に訪れた明るい話題だった。


 王都の大半の住民たちは、心からフラウセリアの婚約を祝福した。


 但し、王女の婚約の相手が帝国の公爵家の嫡男と知って、眉を顰める者がいたのも事実だった。


 ただ、そのような者たちも、表立って王女の婚約を非難したりはしなかった。


 フラウセリア王女は、国民から愛されていたのだ。


 ◆


 離宮の庭園のガゼボ。


 今日は此処にフラウセリアの姿があった。


 後ろには王女専任メイドのエステルが静かに立っていて、その二人を守るようにヴァルキュリア騎士団の騎士、ニコレット・フォン・アスターハイムが脇に立っていた。


「あーあ、なんだか、あっという間よね……こんなに早く婚約が発表されるとは思わなかったわ」


 フラウがそう言ってニコに視線だけを向ける。


 ニコは休めの姿勢のまま、前を向いたままその言葉を聞いている。


「ねえ、聞こえているんでしょ……なんで、聞こえないふりしているのよ」


「今は任務中ですので……」


「此処には、わたしとエステルと、ニコしかいないでしょ?」


「それでもです」


「むうっ」


 フラウは頬を膨らませたまま、ティーカップを口元に運ぶ。


 その仕草を見たニコが呟く。


「フラウは所作がすごく綺麗だよね……尊敬する」


「え?」


 フラウがびっくりしたようにニコを見る。


「まあ、王女様だから当然……と思うけど、その所作が身につくまでどれだけの努力が必要だったんだろうと思うと……ね」


 そんな事をいきなり言われたフラウが耳を赤くする。


「でも、こうやってお話しできるのも、あと二か月か……」


「……そうですね」


 フラウは紅茶を一口だけ飲んでから、音も立てずにティーカップをソーサーの上に置く。


「でも、エステルは一緒に行くんでしょ?」


「はい。わたくしはいつでも姫様と共にあります」


 エステルが静かに宣言する。


「……エステル……」


 フラウがエステルに視線を向ける。


 ニコは再び庭園に目を向ける。


「(フラウの婚約披露舞踏会まであと少し……何事もないと良いな)」


 ニコは心の中でそう思うのだった。


 ◆


 ニコは離宮の警護任務を終えて、宿舎戻ってきた。


 部屋の中に誰もおらず、シンと静まり返っている。


「……二人ともまだ仕事かな……仕方ない。ご飯食べに行こう」


 ニコはそう決めると、一人で食堂に向かう。


 食堂は大勢の団員で賑わっていた。


 今まで時間が不規則な任務が多かったので、久しぶりにたくさんの団員を見て固まるニコだった。


「……ヴァルキュリア騎士団ってこんなに人がいたんだ……」


 食堂の入り口で立ち止まっていると、いきなり背中を叩かれる。


「おい、こんな所で止まってんじゃねえ。邪魔だろ」


「す、すいません」


 ニコが頭を下げる。


 そして再び頭を上げると、ニヤッと笑うヴァスケスの姿があった。


「ヴァスケス班長っ!!」


「ニコ。お前も今から飯か?」


「はい。同室のフロムもアグネスもいないので……一人ご飯です」


 するとヴァスケスが少し考えてから、ニコに話し掛ける。


「丁度良かった。少しお前と話がしたかったんだ。一緒に飯を食おう」


「え、は、はい」


 ニコは良く分からないまま、ヴァスケスの後ろについて配膳所に並ぶ。


「今日はミックスフライ定食だよ。パンに挟んで食べても美味しいよ」


 食堂のおばさまがそう言ってフライの乗った皿を差し出してくる。


「ありがとう。美味しそうですね」


「勇者様がもたらした調理法で、油で揚げる料理さ。油をたくさん使うから、あんまりできないのよ」


「……へえ」


 ニコは思う。


「(フライより唐揚げじゃないの? あと、カレーとか)」


 思うだけで口にはしないニコだった。


 ◆


 ヴァスケスと向かい合ってテーブルに座る。


 ヴァスケスはさっそくパンを二つに割って、刻み野菜をのせ、その上にフライを乗せる。


 テーブルに置かれたソースの壺からソースをすくい、フライにかけていく。


「……手慣れてますね」


「ふん。騎士なんて、作法よりも飯をいかに早く食うかを求められてんだよ」


 そう言って、さっそくフライサンドにしたものに齧り付く。


 フライの衣を噛むザクザクという音が聞こえてくる。


「その音も美味しそうですね」


「旨いぞ。ニコも早く食えよ」


「は、はい」


 ニコもヴァスケスの真似をしてフライサンドを作る。


 フライがカラッと揚がっていて、とてもおいしい。


「……でも、これ何のお肉ですか?」


「これは鼻の潰れた魔獣だ。魔獣って言っても大人しい奴なんだ」


 ヴァスケスは自分の鼻を上に押し潰すような仕草をする。


「(ああ、豚みたいな魔獣がいるんだ……確かに味は豚肉だね)」


 ニコは美味しければ、素材が何でもあまり気にしない。


 その辺りをヴァスケスは気に入っていた。


「お前は貴族のお嬢様のわりに物は知らねえし、魔獣を食うし……何なんだよ」


「えー、そんなこと言われても」


「まあ、その分だいぶ騎士っぽくなってきたがな」


 ヴァスケスにそう言われて、少しだけ嬉しいニコだった。


 そして二人は黙々を食事を摂る。


 二人の皿が空になったとき、ヴァスケスがニコに顔を近づける。


「お前も気になっているだろうから、少しだけ教えてやる」


「……何ですか?」


「例の『穴』だよ……」


 そう言われてニコの脳裏に地下にある調整池の光景が蘇る。


「場所が場所なんで、最初は近衛騎士団が出張る筈だったんだが、あいつら地下道なんて不潔な場所には行けないとかぬかして……結局、第一騎士団が調査することになった」


 ヴァスケスが近衛騎士団のくだりで思い切り顔を顰める。


「オレは道案内で暫く、第一騎士団と行動を共にする」


「そうなんですね……お疲れ様です」


 ニコが当たり障りなく答えると、ヴァスケスの顔がギュッと怖い形相になる。


「お前はまだ考えが足りねえ……」


「えっ?」


「オレにもしもの事があったとき……あの場所を知っているのは……ニコ、お前だけだ」


 ニコの動きが止まる。


「オレにもしもの事があったらコリーナを頼れ。アイツは信用できる」


「ヴァスケス班長……」


「いいか……王都は想像以上にヤバい……十分気を付けるんだぞ」


 ヴァスケスはニコから顔を離すと、トレイを持って立ち上がる。


「じゃあな」


 ヴァスケスはそう言って食器を返却口へもっていく。


「ヴァスケス班長」


 ニコが声を掛けるが、ヴァスケスは振り返らずに行ってしまった。


 ニコは座ったまま、ヴァスケスに何を言われたのかを考えていた。


「……」


 ニコが再び動きだしたのは、食堂が閉まる頃だった。


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