第19話 離宮警護任命
地下道を進んで行くと、少しずつ地下道の広さが大きくなってきた。
そして前方から水の激しく流れる音が聞こえてきた。
「この先に何かあるのか? 気を抜くなよ」
ヴァスケスが緊張した声でニコに声を掛ける。
「ヴァスケスさんはこの先に何かあるのか知っているんですか?」
「いや。オレが知っているのはあの朽ちた教会に、地下道に繋がる穴がある事だけだ」
「そうなんですね……」
そう答えながら、ニコはこの先にあるものを予想する。
「(この先にあるのは多分『調整池』だ……勇者の事だから、雨水が流れ込んだときの為の事を想定してるんだろうな……)」
ニコは何も言わずヴァスケスの後ろに続く。
ゴゴゴゴゴッ
そして、水音が大きくなり、急に視界が開けた。
「な、何だ……此処はっ」
ヴァスケスが驚愕の声を上げる。
そこには、半径三十メートルほどの巨大な穴があった。
松明の灯りでは底が見えないほど巨大な円形の空洞だった。
その穴の中に、各方面から流れてきた下水が滝のように流れ込んでいる。
ニコは、ヴァスケスが驚いているのを横目で見る。
「(やっぱり、想像していた通り……いや、想像以上の構造物だよね……やっぱり勇者は土木建築に明るい人だったんだろうな)」
ニコは穴の底を覗き込みながら、そんな事を考えていた。
目が慣れてくると、巨大な穴の周りを、ぐるっと人が歩けるくらいの道がある事に気付く。
調整池の向こう側にも暗い通路が幾本も伸びているのが見える。
ヴァスケスが忌々しそうにつぶやく。
「此処を経由すれば、王都の何処へでも行くことが可能になるぜ」
その言葉を聞いて、ニコも理解する。
この地下道と、調整池の存在が、いかに王国の安全を脅かすのかを。
「これはオレ達だけじゃ、荷が重いな……しかも此処は王家の管理下だ」
「はい……」
ヴァスケスの言葉にニコも頷く。
「今日は此処までにする……明日以降の調査に関しては団長と相談してからだな」
「承知しました」
ヴァスケスとニコは、自分たちが来た道を戻りはじめる。
そしてその後姿を、じっと見つめる者がいた事には気づいていなかった。
◆
この日、ヴァスケスはスラムから戻ると、団長に報告しに行くと言って、ニコと別れた。
ニコは予定より早く任務から解放されたので、少し早いが水浴びをすることにした。
「うー、なんか髪の毛に匂いが移ってそうだ……」
ニコは着替えを持って水浴び場に行く。
ここに来れば、桶一杯のお湯と、使い放題の井戸水がある。
「(勇者も下水道を造るんなら、共同浴場とか、シャワー施設とかも作って欲しかったな)」
ニコはブツブツ文句を言いながら、服を脱いで洗い場に向かう。
時間が中途半端なので、中には誰もいない。
ニコは井戸水が大量に貯めてある、浴槽の様な所から水を汲んで頭から被る。
ビシャッ!!
「冷たーいっ!!」
小さく悲鳴を上げながらもう一度水を被る。
そして石鹸で髪を洗い始める。
石鹸を泡立てると、地下道の埃や泥が白い泡と一緒に流れ落ちていく。
「(シャンプーとかリンスとか……何で作ってくれなかったんだよ、勇者様っ!!)」
ニコは心の中で叫ぶのだった。
その時だった。
誰かが静かにニコの背後へ近づく。
そしてそいつは桶いっぱいの井戸水を、ニコの背中に向けておもいっきりぶちまけた。
バッシャーンッ
「ぎゃあああああっ!!」
ニコの悲鳴が水浴び場に響く。
「ぎゃははははは」
ニコが体を震わせながら振り返ると、そいつは腹を抱えて笑っていた。
「……フ~ロ~ムゥ~」
ニコが低い声でそいつの名前を呼ぶ。
「ふん。あんまりにも下水道臭いから手伝ってやったんだ――」
バッシャーン!!
「あぶぶぶっ!!」
ニコが桶の井戸水をフロムにぶちまける。
「冷てぇっ!!なにすんだっ!!」
「そっちが先にやったんでしょっ!!」
「こいつっ!!」
フロムが水汲み場に取って返し、桶一杯に井戸水を汲む。
「これでもくらえっ!!」
「ぎゃあああっ!!」
正面から井戸水を浴びて、ニコが叫ぶ。
「フロムッ、許さないからねっ」
「面白い、やってみろっ!!」
水汲み場の前で二人が井戸水の掛け合いを始める。
二人の罵声と悲鳴が水浴び場に繰り返し響いた。
「いいかげんにせんかーっ!!馬鹿者どもがっ!!」
突然の怒声に二人の動きが止まる。
コリーナ小隊長だった。
「此処は遊ぶ所ではないぞっ!!」
「「は、はい」」
ニコとフロムの声が重なる。
「貴様らは罰として今日の夕食は抜きっ!! 水浴びが終了したら私の所へ出頭しろっ!!」
「「はいっ!!」」
ニコとフロムは裸のまま姿勢を正すのだった。
◆
二人は急いで水浴びを終わらせ、さっさと着替える。
そしてコリーナの元へと急ぐのだった。
「もう、フロムが悪いんだからね」
「……お前だって楽しんでたろ」
「……そ、そんな事無いよ」
「何だよ、今の間は」
そんな掛け合いをしているうちに、コリーナの部屋の前まで来てしまった。
フロムがニコの背中を叩く。
「(お・ま・え・が・あ・け・ろ)」
フロムが口の動きだけでニコに言ってくる。
「(もう……)」
ニコはその場で姿勢を正す。
そしてドアをノックする。
「ニコレット・フォン・アスターハイム、フロム・ガーネット、出頭しました」
「入れ」
室内からコリーナの入室許可が聞こえた。
「「失礼します」」
ニコとフロムはドアを開けて、コリーナの部屋へと足を踏み入れた。
◆
コリーナは事務机の向こうに座っており、書類に何か書き込みをしていた。
ニコとフロムは机の前に立ち、休めの姿勢を取る。
暫く部屋の中には、コリーナが文字を書く、カリカリという音だけが響いた。
そして、その音が止み、コリーナが顔を上げた。
「お前たち、仲が良いのは良いが、はしゃぎ過ぎだ。これからは気を付けろ」
「「はい」」
コリーナは一旦、目の前の書類をまとめて、紙袋に入れる。
そして椅子の背中に体を預けて、二人を見る。
「ニコ。お前に出ていたスラムの調査任務は今日でその任を解く」
「は、はい」
「ニコ、フロム。両名に新たな任務を与える」
ニコとフロムの表情に緊張が走る。
「お前たち両名を、明日より離宮警護専任にする。班長はジェシカだ」
ニコとフロムは思わず顔を見合わせる。
「新人騎士が離宮警護専任になるのは異例の事だが、両名のこれまでの働きと……」
そこでコリーナが一旦言葉を切った。
「王女殿下の強い推薦があったからだ」
ニコが目を見開く。
「王女殿下の期待を裏切るんじゃないぞ、特にニコ」
「は、はい」
そこまで言ってからコリーナが声のトーンを低くする。
「これはまだ内々の話ではあるが、お前たちに深く関係する事なので今伝える」
「王女殿下の婚約が正式に決定した。国王からの正式発表が近日中に行われる」
「なお、婚約発表ののち、婚約披露舞踏会が開催される……舞踏会は二か月後の予定だ」
コリーナは改めてニコとフロムを見つめる。
「両名の王家への忠誠を期待する」
「「はいっ!!」」
ニコとフロムは、騎士の礼を行い、コリーナはそれに答礼するのだった。




