第18話 封印された地下道
■閑話
その地方都市は王都から遠く離れた場所にあった。
その都市を収める貴族は、貴族としては珍しく領民の生活向上を是としていた。
なので、勇者が存命中から勇者の思想に共感し、自領に下水道を敷設した。
この結果、地方都市では病気の発生が激減し、衛生状態が領民の生活にいかに大切な事なのかを裏付けた。
地方都市の領主は、勇者の残した道具を積極的に市井に流布させることで、さらなる領民の生活向上を図った。
こうしてこの地方都市は順調に発展し、第二の王都などと呼ばれるようになった。
そんな地方都市に暗雲が立ち込めたのは、先々代の国王が発布した一つの法律によってだった。
『勇者の残した遺構は全て王家の秘宝とし、未来永劫をこれを保護する』
文面だけ見れば、勇者の残した遺構を王家が管理するだけのように聞こえる。
しかし実際は、王家以外が勇者の遺構を使用することや模倣することを禁止する法律であり、違反者についての罰則は『王家への反逆罪』が適用されたのだった。
これにより、少なくとも六つの貴族が取り潰しになり、生活の場を失った領民が大量の難民となってしまった。
王家はこの難民たちにも、厳しい処罰を与えた。
他領に移る場合、王国の国民の資格を剥奪したのだ。
取り潰しされた地方都市には、王都から代官たちが派遣されたが、彼らに善政を期待する事は出来なかった。
残された領民は、残るも地獄、逃げるも地獄の状況になってしまった。
王家の発布した法律によって。
◆
ヴァルキュリア騎士団、練兵場。
今日と明日はヴァスケス班長と組んで、スラムの見回りと調査が任務だ。
いつものように、動きやすい格好に着替え、ニコは練兵場でヴァスケス班長を待っている。
暫く待っていると、ヴァスケスが長剣を二本携えて姿を現した。
「待ったか?」
「いえ。それほどは……」
ニコが思わず正直答えるとヴァスケスが苦笑いする。
「これを持て。今日はヤバい所へ行く」
「へっ?」
驚いているニコに、ヴァスケスが長剣を投げ渡す。
「装備したら出かけるぞ」
「は、はい」
ニコは革ベルトに長剣を吊り下げる。
普段使っている細剣よりもずっと重量がある。
「今日はお前の好きな下水道の探索だ……嬉しいだろう?」
ヴァスケスが固めを瞑ってニコを見る。
「別に下水道が好きなんじゃありません。勇者の遺構が気になるだけですよ」
「……ふん。行くぞ」
そしてヴァスケスとニコは連れ立って、王都のスラム街に向かって歩き出した。
◆
王都のスラム街。
いつもなら侵入者に対して、険しい視線を向けてくる連中の姿がいない。
全体的にスラムの住民の数が減っている感じだった。
「なんだか、人が少なくなってませんか?」
「確かにな……」
ヴァスケスも気にしているようで、いつも以上に色々なところに視線を配っている。
「で、どこに行くんですか?」
「ん? 朽ちた教会だ」
「うえ……あそこ、なんか怖いんですけど」
「騎士のくせに」
「騎士でも怖いものは怖いんですよ」
「……確かにな」
ヴァスケスは否定しなかった。
そしてスラムの奥、朽ちた教会に辿り着く。
ヴァスケスが先頭で中へ入っていく。
そして崩れた祭壇の奥に向かう。
其処は前回、ヴァスケスが『何もない』といった場所だった。
ニコはヴァスケスの背中に怪訝そうな視線を送る。
ヴァスケスはブーツの裏で床の数か所を踏みつける。
そのうちの一か所だけが、音が異なっていた。
「ニコ、手伝え」
「え? は、はい」
ニコがヴァスケスの横に駆け寄る。
ヴァスケスがしゃがんで手の平で床に積もった埃を払う。
すると其処に床に偽装された扉の取っ手が現れた。
「ヴァスケスさん、これは?」
「秘密の入り口」
ヴァスケスは何でもないように答える。
「前回此処には何もないって言ったじゃないですかっ!?」
ニコが思わず大きな声でヴァスケスを責める。
「前回は、お前をまだ連れて来る訳にはいかなかったんだよ。説明は後でしてやる。良いから開けるぞ、そっちを持て」
「……うぐっ……はい」
ニコとヴァスケスは隠し扉を持ち上げる。
ギシギシと音を立てて扉が開かれる。
床に落ちた埃が舞い上がり、屋根から差し込む日の明かりを反射してキラキラ光る。
扉を開けると、レンガで作られた丸い入り口が現れた。
「(マンホール……)」
ニコはその入り口を見つめて固まる。
ヴァスケスはそっさとその入り口に足から体を滑り込ませる。
「途中から金属の手すりが梯子みたいになっている。慌てずについてこい」
そう言ってヴァスケスはマンホールの中に姿を消す。
ニコも一度周囲を見回してから、マンホールの中に足を踏み入れるのだった。
◆
穴は垂直に下に向かっていた。
三メートルほど下ると、水平に伸びているトンネルに接続された。
「よっと」
ヴァスケスが勢いを付けて下に着地する。
「うわあぁ」
ニコも続けて床部分に着地する。
ヴァスケスは持ってきていた松明に手早く火を付ける。
トンネルの中がオレンジ色に光って見える。
ヴァスケスは松明をニコに手渡す。
「オレが先行する……お前はそれで前方を照らせ……この辺りはギルドの連中も知らない場所でな……補修とか魔物討伐なんかがおざなりにされてきた場所だ……気を抜くなよ」
「は、はいっ」
ニコは松明を掲げるようにして、前方を照らし出す。
前回潜った下水道は此処と比べれば数段マシだった。
此処は補修どころか、清掃も行われていない。
ただ、下水道は思いの外匂いは酷くなかった。
想像していた腐敗臭のようなものもあまり感じられない。
その代わり、足元は何か得体の知れないモノでヌルヌルするし、天井からは木の根っこのようなものが垂れ下がっていた。
ヴァスケスは進みながらニコに話し掛ける。
「お前が、変なものを見つけるから、とばっちりだぜ」
「えっ?」
ヴァスケスは別に怒ってはいなかったが、機嫌は良さそうではなかった。
「お前がコリーナに報告したろ……浄水場の湖の向こう側に出たとか」
「は、はい」
「ここから先は下水道じゃない。地下道だ」
「……」
「この地下道が湖の反対側に抜けてるんじゃないかって話は、前からあった。」
「……」
「だがな……地下道は王家の管轄だ……ヴァルキュリアでも勝手に調査することができない」
「え、でも、今こうして……」
「スラム探索中に行方不明になった新人騎士を探すうちに、地下道に入り込んだ……これが今回の脚本だ」
「ひどっ」
ヴァスケスが急に声を潜める。
「本当はもっと慎重にやるつもりだったんだ……でもお前が妙なものを見つけ、しかも証拠隠滅までされた……慎重とか言ってられなくなったんだよ」
「あうっ」
ニコは黙ってヴァスケスの後ろに続くのだった。




