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第17話 湖の向こう側

 

 ニコが目を覚ますと、既に昼過ぎだった。


 ガバッと上半身だけを起こして周囲を見回す。


 ふと机の上を見ると、制服が綺麗に畳まれていて、フロムの殴り書きのメモがあった。


『いいかげんにしろよな。次は無いぞっ!!』


「あちゃー……またやっちゃったか」


 そう言いながらも、ニコはくすっと笑う。


 何故ならメモの片隅に小さく追伸が書いてあったからだ。


『風邪ひかれると困るからな……』


 ニコはメモを綺麗に畳んで、制服に着替える。


「元気出たよ。フロム」


 ニコはそう言って、身支度を終えると、宿舎から練兵場に向かうのだった。


 ◆


 ニコは練兵場で目的の人物を見つける。


「コリーナ小隊長っ!!」


 ニコはコリーナの元に駆け寄る。


「ニコか……どうした?」


 ニコはコリーナを前に急に緊張する。


「(どうしよう……正式な報告でも無いしな……でも、声もかけちゃったし……)」


「ん?」


 コリーナの眉間に皺が寄ったのをみて、ニコが話し出す。


「すいません。正式な報告ではないのですが、少々気になる事がありまして……」


「気になる事?」


「はい。多分思い過ごしだとは思うのですが……」


 コリーナは顎の先に指を当てて考える。


「……聞こう……事務室の方が良いか?」


「いえ、此処で大丈夫です」


 そしてニコは、昨日の事を話始めた。


 ノワールに騎乗して騎馬コースに行ったこと。


 共同墓地から離宮の庭園を経由して、ほとんど人目に付かずに王城の北門に行けてしまうこと。


 そして浄水場に続く小道のこと。


 コリーナは静かにニコの話を聞いていた。


 そして、ニコに尋ねる。


「ニコは今日も夜間警護だったな」


「はい」


「まだ時間はあるな……その場所に案内しろ」


「は、はい」


 そしてニコとコリーナは厩舎に向かうのだった。


 ◆


 ノワールは二日続けての外出にえらく喜んでいた。


 ブルルルルルッ


 何となく足音まで軽やかに聞こえる。


 それに引き換え、ニコは何とも言えない空気にノワールの上で小さくなっていた。


「確かに王城の裏側は手すきだな……しかし安易に警備を増やす訳にもいかんしな」


 コリーナが誰に言うでもなくそう言った。


「そうなんですか?」


 つい返事をしてしまうと、コリーナが苦笑する。


「つい、口に出たか……まあ、此処だけの話にしろ」


「は、はい」


「本来、王城の警護は近衛騎士団の仕事だ」


「は、はい」


「だから入門の手続きや案内も近衛騎士団が行うべきと昔、勇者が国王に進言した」


「……」


「しかし、近衛騎士団の多くは貴族の子息たちだ。そんな雑務は我々の仕事ではないと突っぱねてな……王城警護隊が創設された」


「うわあ……目に浮かびます」


「そんな事もあって、王城を守る集団が複数できてしまった……縦割りの弊害だな」


 ニコはその話を聞きながら、今も未来もあまり変わらないんだなと納得してしまった。


 そんな話をしているうちに、件の小道の辺りにやってきた。


「ニコ、どこだ、その小道というのは?」


「えーと、たしかこの辺だったんですけど……」


 ニコが周囲を見回すが、それらしい場所が見つからない。


「あれっ、おかしいな……この辺だったのに。ねえ、ノワール?」


 ブルルルルルッ


 ニコはノワールから降りて、灌木の中に首を突っ込む。


 灌木の向こう側は一面の雑草畑で、人が分け入ったような痕跡もなかった。


「どうした? 見つからないのか?」


「……はい……おかしいなあ……王城の北門を過ぎて……この辺りだったんだけど……」


 ニコは何度も場所を変えて、灌木の向こうを覗き込む。


 しかし、昨日見た筈の小道が全く見当たらない。


「……すいません。見つかりません……でも、見たんです。この辺りに」


「ニコ……お前が嘘を吐くような奴じゃない事は良く知っている……」


 コリーナも馬を降りて、灌木の周囲を観察する。


「しかし、小道が一日で消えてしまうなんてことはないだろう?」


「……くっ」


 ニコは唇を噛む。


 そんなニコの肩を軽く叩く。


「何かの見間違いだったのだろう? あるいは記憶違いか……」


「違いますっ!! 絶対に見たんですっ!!」


「……ニコ。では、お前が見たという小道は何処にある?」


 その言葉に再びニコは黙り込んでしまう。


「共同墓地から北門までのルートに関しては別途対策する。戻るぞ」


「……はい」


 ニコは俯きながらやっと返事をする。


 そんなニコを一瞥してから、コリーナは自分の馬に騎乗する。


 しかし、ニコが動かない。


「どうした。戻るぞ」


 コリーナがそう言うと再びニコが顔を上げて言う。


「でも、見たんです。嘘じゃありませんっ」


 そんなニコを見てコリーナは小さく返事をする。


「わかっている」


 そしてニコは渋々ノワールに騎乗するのだった。


 ◆


 ノワールを馬房に戻し、ニコとコリーナは練兵場に戻ってきた。


 コリーナが急に立ち止まる。


 そして小声でニコに尋ねる。


「そう言えばお前、浄水場の湖の向こう側に出たって言っていたな」


「え、はい。以前、ヴァスケス班長に連れていかれた時とは違う場所でした」


「そうか……」


「それが……何か?」


 コリーナはニコの目を見つめる。


 その目はとても真剣だった。


「ニコ……わたしはお前の話を疑ってはいない……」


「……」


「一つだけ心に止めておけ。あの湖の反対側に繋がる下水道は見つかっていない……この意味が分かるか?」


「……」


「もし、湖の反対側に繋がる下水道があって、人目に付かないで王城に近づけるルートがある……としたら」


 ニコは心臓がギュッと掴まれるような気がした。


「だから、この事を軽々しく口にするな……良いな」


「……はい」


 その返事を聞いて、コリーナは表情に笑みを浮かべる。


「夜間警護に遅れるなよ」


「はい」


 そしてニコは、コリーナに背中を向けて走って行くのだった。



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