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第16話 消えた小道

 

 ニコは結局、騎馬コースを回って王城を一周してきた。


「……なんか最近、色々な事を考えすぎて頭が痛いや……ねえ、ノワール」


 ブルルルルルッ


『考えすぎるのは良くないぜ』とでも言っている感じだ。


「でもノワールが変な道を見つけるからだからね……」


 ブルルルルルッ


『何となく気になったんだよ……良い匂いがしてさ』


 残念ながら、ノワールの言葉が理解できなニコに、その事は通じる訳が無い。


「さて、気分を変えて、お昼にしよう。ノワールもお腹空いたよね」


 ブルルッ


「そうだ、久しぶりにブラッシングしてあげるよ」


 ブルルルルルッ


「……お前、馬と会話してんのか?」


 突然横から声を掛けられる。


「……陰険優等生……びっくりさせないでよね」


 いつの間にかニコとノワールの横に、騎乗したダニエルが横を歩いていた。


「っていうか、いつから人の話を聞いてたのよ?」


 ダニエルは少し考えてから口を開く。


「変な道を見つけた……あたりからかな……変な道って何?」


「……」


 ニコは無言でダニエルを睨みつける。


「……な、なんだよ。挨拶しようと思って馬を横に付けたのに、お前が全然気づかないからだろ……」


 確かにニコは色々考えていて、周囲に対する注意がおろそかになっていた。


「……盗み聞きは良くないよ」


「盗み聞きって……お前がでかい声で独り言言ってるからだろ。聞きたくなくたって耳に入るぜ」


「……くっ」


 鞍上の二人とは対照的に、ノワールとダニエルの馬は仲が良さそうだった。


 ノワールがチラチラとダニエルの馬を見ている。


 その様子に気付いたニコが、改めてダニエルの馬を見る。


 栗毛の綺麗な馬だった。


「ねえ、その子なんていう名前なの?」


 ニコがダニエルに尋ねる。


「その子……ああ、『エリザベート』の事か……我が家の自慢の一頭だ」


 ダニエルはそう言ってエリザベートの首筋を撫でてやる。


「綺麗な子だね。栗毛が光ってる」


「お前の馬もなかなかじゃないか……前から思っていたが、なかなか勇敢そうだ」


「えへへへ。『ノワール』って言うんだよ。黒毛がかっこいいでしょ」


「お前にはもったいない程な」


「むうっ」


 そんな事を話しているうちに、二人と二頭は厩舎まで戻ってきてしまった。


 馬丁が二人出てきて、各々の轡を握ってくれる。


「ありがとう」


 ニコはそう言ってノワールから降りる。


 ダニエルも同じタイミングでエリザベートから降りる。


「じゃ、あたしはノワールのブラッシングをするから」


 そう言ってニコはダニエルから離れる。


「ちょ、ちょっと待て。おまえ、今ブラッシングするとか言ったか?」


「うん。言ったよ」


「そんなのは馬丁の仕事だろう?」


 ニコはジト目でダニエルを見る。


「……わかってないね。ブラッシングは一番のコミュニケーションなんだよ」


「こみゅ……なんだそれは?」


「……う、仲良くなれるってこと。もういいでしょ。じゃあね」


 ニコは話を打ち切って、ノワールの元に向かう。


 ノワールとエリザベートは馬丁に引かれて水場へと移動していた。


「馬房に入れる前にブラッシングしてあげたいんだけど、いいかな」


 ニコが馬丁に尋ねると、馬丁も嬉しそうに答える。



「もちろんですよ……喜びますよ」


「だよね」


 そう言って二人で笑い合う。


 その様子を見ていたダニエルが近づいてきて口を開く。


「俺もやる。道具を貸してくれ」


「えっ?」


 その言葉にニコが目を見開く。


「な、なんだその顔は……俺だって馬の世話位するさ……最近は人任せだったが……」


 ダニエルが少しバツが悪そうに視線を逸らせる。


 耳が少し赤くなっている。


「良いんじゃない。エリザベートも喜ぶよ。ねっ」


 ブルルルルルッ


 ニコがエリザベートに声を掛けると、エリザベートも嬉しそうに声を上げる。


「……お前、本当は馬と会話できるんじゃないか?」


「出来ないよっ」


 其処に馬丁がブラッシングの道具を持ってきてくれた。


「道具も揃ったし、じゃあ、始めようか」


「……ああ」


 そしてニコとダニエルは愛馬のブラッシングを始めるのだった。


 ◆


 ダニエルは思っていたよりも普通の青年だった。


 多少融通が利かない感じがあるが、それは真面目さから出てしまう彼の個性なのだろう。


「お前さ……」


 ニコがダニエルの顔を見る。


「ニコレッタ……お前ってやめてよ」


「お、おう。じゃあ『ニコ』」


「いきなり愛称かよっ!!」


 ニコが思わず突っ込む。


 ダニエルも苦笑しながら話を続ける。


「俺の事も『ダニエル』と呼んでいいぞ」


「わかった。『ダニエル』」


「おま、ニコもいきなり呼び捨てかよっ!!」


「良いじゃない。お互い様よ」


 ブルルルルッ


 ブルルルルルッ


 そんな二人を見て、ノワールとエリザベートが何事か会話しているようだった。


 そしてニコはノワールのブラッシングをしながら思う。


「(やっぱりあの道の事……小隊長に相談しておかないとね……)」


 ◆


 ニコはノワールのブラッシングを終えて、遅めの昼食を摂る。


「あら、ニコちゃん。今日から夜勤だっけ?」


 食堂のおばさま(間違ってもおばちゃんと呼んではいけない)がニコに話し掛けてくる。


「うん。で、さっきまでノワールと散歩してきた」


 ニコは木製のトレイにパンを二つ掴んで載せる。


「相変わらず仲がいいねえ……でも、相手が馬じゃねえ……浮いた話は無いのかい?」


「あったらヴァルキュリアに入ってませんて」


「あははは、そりゃそうだ」


 おばさまは野菜とソーセージの入ったポトフを食器によそう。


「ソーセージ、オマケしてあげよう。内緒だよ」


「おばさま、大好き」


「ニコは大好きを連発しすぎだ……そういうのは大切な人にとっておくものだよ」


 振り返ると、アグネスが穏やかに微笑んでいた。


「あれ、アグネス。今お昼?」


「うん。あたしも今夜から夜間警護……第一騎士団と一緒だけどね」


「うわぁ……」


 おばさまはアグネスにもオマケでソーセージを追加する。


「二人とも、良く食べて頑張ってきな」


「はい。ありがとうございます」


 ニコは元気よく返事をして、アグネスは静かに目礼する。


 二人は空いている席に向かい合って座る。


「最近、アグネスと顔を合わせてなかったね」


「任務がみんな違うからね。それにニコはスラム調査もやってるだろ」


「……うん。あれね」


 ニコはポトフの人参と格闘しながら返事をする。


「あの任務は余計なこと考えちゃうから、ちょっと大変かな……」


 そう言ってから、井戸の事でアグネスを不機嫌にさせたことを思い出す。


「アグネス、スラムの井戸の事だけどさ……」


「ん?」


「ごめんね。なんか無神経なこと言ったみたいで」


「ああ、こっちも悪かったね。ちょっと眠かったんだよ……」


「そうなんだ……よかった」


 ニコはフォークで人参を突き刺して口に運ぶ。


「それより、今日はノワールと一緒だったのかい?」


「あ、うん。騎馬コースを回ってきたよ」


「そうか。わたしもアルバを構ってやってないな……拗ねてるかな」


「ノワールは酷かったよ。いきなり頭突きされた」


「はははは、アイツらしい」


「騎馬コースって言えば、北門の方で変なもの見つけちゃってさ」


 ニコは今度は大きなジャガイモと格闘を始める。


「気にしすぎかもだけど……変な小道を見つけちゃってさ」


「へえ?」


「後でコリーナ小隊長に報告しようとは思ってるんだけど……この後は夜間警護じゃない?」


「ん、そうだね」


「報告は明日かなと……朝は多分潰れてるから、お昼になっちゃうね……まあ、正式な調査報告じゃないから良いんだけど……」


「ニコも、フロムも本当に徹夜に弱いよね……」


「あうっ……」


 ニコが困る様子を見てアグネスが笑う。


 そして笑うアグネスを見て、ニコも胸のつかえが降りたような気がした。


 二人は他愛の話をしながら、昼食を摂るのだった。


 ◆


 その日の夜。


 浄水場の湖の畔。


 月が湖面にその姿を映し出していた。


 其処にスラムの住人たちが十人ほど集まっている。


 その先頭には聖人と呼ばれる男。


 彼は無言で手を振ると、後ろに控えていた男達が何処からか人の背丈位の灌木を根が付いた状態で運んできた。


 そしてその灌木を持って例の小道を歩いていく。



 騎馬コースとの接続場所まで来ると、男達が素早くその灌木を植樹する穴を掘り始める。


「あまり荒らすな……周りと違和感が出ないようにしなさい」


 男達は無言で頷く。




 灌木が植樹され、その根元に雑草を植え、枯れ葉で偽装していく。


 次に大量の雑草を抱えた男達がやって来て、小道に雑草を植えていく。


「あまり踏み荒らさないで……」


 結構大掛かりな作業だというのに、男達は一言も発しない。


 その作業は明け方まで行われ、次第に小道は雑草で覆いつくされ、どこに小道があったか分からなくなっていく。


 そして全ての作業が終わると、男達は元来た場所……下水道の中へと姿を消すのだった。


 最後に聖人と呼ばれた男が、上りかけている太陽に向かって跪く。


「すべては、尊き方の為に……」


 そう言って静かに祈るのだった。


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