第13話 違和感の正体
ヴァルキュリアの宿舎。
夕食後の、就寝時間までの自由時間。
今は部屋の中にニコが一人だけで、ベッドに寝転んでいる。
フラウセリア王女から聞かされた婚約の話について考える。
「まあ、王女様だからな……政略結婚は仕方ないとして……それでも幸せになって欲しいよね……」
ニコはそう呟きながら、もう一つの懸念を口にする。
「……スラムも聞いていたほど物騒じゃないし……でも、なんだろうこの違和感は……」
先週、スラムを訪れた時は刺すような視線を向けられた。
でも今回は、どちらかというと無関心に近い感じだった。
「状況が落ち着いたって感じなのかな……」
ニコはベッドの上で寝返りを打つ。
「……それにあの教会……何で足跡を消したんだろう……掃除の為じゃないよね」
考えれば考える程、良く分からない。
「後は、下水道のこと……もだよね……」
ニコは公文書室で読んだ文書を思い出す。
「折角、勇者が便利なものをたくさん作りだしたのに、そのほとんどが流通していないなんて……変な話だよね」
ニコは不意に上半身だけを起こす。
「はやり、こういう事は聞ける人に聞いた方が早いかな……そうしよう」
そう考えて再びベッドの上に仰向けになる。
そして目を瞑ると、すぐに睡魔がやってきた。
「はうー……すう……」
ニコが寝息を立て始める。
そして就寝時間の間際になって、アグネスとフロムが部屋に戻ってきた。
「あーあ、幸せそうな顔して寝てるよ……まったく、毛布がはだけてんじゃねえか」
フロムがニコの蹴飛ばした毛布を掛け直してやる。
「ふふふ。そうやっているのを見ると、姉妹みたいだね」
「ふん。こんな手間のかかる妹なんていらねえよ」
そう言いながらも、フロムの手は優しく毛布を整える。
「そう言えば、アグネスは姉妹とかいるのか?」
「……ああ、姉が……いた」
そう言ってアグネスが表情を曇らせる。
「あ、悪い。余計なこと聞いた。忘れてくれ」
フロムはアグネスから視線を逸らすと、自分のベッドに近づき、そして寝着に着替える。
「じゃあな。先に寝る」
「……ああ、おやすみ」
アグネスの声を背中で聞きながらフロムは目を瞑るのだった。
◆
ニコが目を覚ました時、既に同室の二人の姿が無かった。
どうやら朝の自主練に行ったようだ。
「あうー、あの二人そういう所真面目なんだよね……本当は見習わなきゃいけないんだけど……」
もそもそと毛布を剝いでニコがベッドから起き上がる。
「今日は離宮警護の二日目……離宮に行く前なら捕まえられるかな……」
そう呟きながら、ニコは身支度を整える。
そして脱ぎ捨てた服を持って気づく。
「ああ……洗濯物も溜まってきてるし……毛布も畳んでおかないとフロムに怒られるし……何で朝ってこんなに忙しいんだろ」
ニコの朝はバタバタで始まる。
◆
食堂でテーブルに座って、二人を待っていると、アグネスとフロムがやってきた。
「おはよう、アグネス、フロム」
「おはよう、ニコ」
「お前が遅いんだよ……朝練が一番必要なくせに」
「あう……」
「まあまあ、今は朝ごはんにしようよ。丁度空いているし」
アグネスが食事を受け取る行列を指さす。
「そうだな。早くしないと混んでくるからな」
そして三人は行列の最後尾に並ぶのだった。
◆
食事中、ニコが不意に二人に尋ねる。
「二人とも地方貴族だよね……地方って王都と比べてどんな感じなの?」
「いきなりだな……ウチの領は農業が主な産業だな……辺鄙な場所にあって、長閑だけが取り柄だな」
「へえ……」
「ただ、地方の貴族領は何かあったときに、自分で何とかしなきゃいけないからな。そういう意味では王都よりよっぽどきついな」
「何かあったときって?」
「魔物の大量発生とか、盗賊の襲来とか……野蛮だよな……でも何とかしなきゃ自領が滅んじまうからな……」
「そうか……大変なんだね」
ニコが真剣に頷くのを見てフロムが苦笑する。
「まあ、貴族はプライドが高いからな……『大変だ』何て絶対に言わないけどな。 特に地方に行けば行くほどな」
ニコはアグネスに話を振る。
「アグネスの所も同じ感じ?」
「……そうだね……ウチは辺境伯だから、フロムの所よりもう少し特殊だね」
「特殊?」
「帝国と国境を接している……そういう意味では防衛の要にもなるからね」
「そうか……帝国は同盟国じゃないもんね」
「……今はずいぶん交流があるけど、昔は敵国だったからね」
「……うーん。なるほど……」
ニコが考え込む。
するとフロムが横からニコの肩を叩く。
「良いから早く食えよ。遅刻するぞ」
「あ、うん」
そしてニコは慌てて朝ごはんを口に運ぶのだった。
◆
ニコは離宮警護の前に、ある場所を目指す。
「緊張するから、あんまり行きたくないんだけど……このモヤモヤを消すためには仕方ない」
ニコはそう自分に言い聞かせる。
そしてニコは小隊長、コリーナの部屋の前に立つ。
力加減を間違えないようにドアを叩く。
そして少し大きめの声でドアに向かって話す。
「ニコレット・フォン・アスターハイムです。少々お時間を頂けますか?」
「……良いぞ。入れ」
少し間があってから入室の許可が出た。
「失礼します」
そしてニコは小隊長、コリーナ・ヴァレンハルトの前に進むのだった。
◆
「何の用だ? 手短に頼むぞ」
「はい。では……何故、勇者の残した資産が王家によって秘匿されているのですか?」
コリーナは一瞬目を見開くが、すぐにいつもの表情に戻る。
「どういうことだ? それがお前の任務と何か関係があるのか?」
「あると言えばありますし、無いと言えば無いです……でも何かおかしいと思うんです」
「……続けろ」
「最近スラムの調査を行っていますが、勇者の理想と、今の現実が乖離している気がして……それが最近の不穏な雰囲気に繋がっているような気がするんです」
ニコは一気にそこまで話す。
「それを裏付ける証拠はあるのか?」
コリーナは冷静に尋ねる。
「……ありません。色々調べてみましたが、わかるのは勇者の理想が何者かによって……」
「ニコ、それ以上は言うな……誰が聞いているか分からんからな」
「隊長……」
「お前が最近、王城の公文書室に通っているのは聞いている……そんな事を調べていたのか?」
「……最初は好奇心だったんです……何でスラムに井戸が作れないんだろうって……」
「……」
「勇者だったら、絶対に井戸を作ると思うんです……でも作っては駄目だって……法律が……」
ニコはそこまで言って、自分が王室批判をしようとしている事に気付く。
「ニコ……お前ひとりでそこまで考え、辿り着いたのか?」
「はい……でも、これ以上は分からなくって……誰に相談してよいか分からなくなって……」
コリーナはニコに近づき、軽く肩を叩く。
そしてじっとニコの目を見つめる。
しばし沈黙が室内に流れる。
そして、コリーナが口を開く。
「これは独り言だ……裁判記録を調べなければならないな……」
ニコが目を見開く。
「さあ、任務に遅れるぞ。行きなさい」
「は、はい」
ニコは勢いよく頭を下げると、コリーナの部屋を出て行く。
その背中を見送り、コリーナが辛そうに表情を歪める。
「……あれを読んでも、ニコはヴァルキュリアに留まるだろうか……」
コリーナは窓の外に視線を向ける。
窓の外には、真っ黒な雲が広がりかけていた。




