第12話 約束の日まで
■閑話
約百年前とも二百年前ともいわれている、勇者召還の儀式。
召還された勇者は魔王討伐の他にも、様々な恩恵を人々に与えた。
その一つが、王都の地下に張り巡らされた下水道システムだった。
勇者自ら工事に立ち合い、持てる技術を惜しみなく人々に流布させた。
「王都にベースモデルとなる下水道システムを作れば、他の都市でも応用できるでしょ?」
勇者はにこやかに笑ってそう言った。
「しかし、穴を水平に掘ったり、地下で東西南北を知る技術がありません」
「うーん、それは確かに今すぐには難しいかもしれないけど、人間は経験を積むことで計り知れないほどの偉業を達成できるんだよ」
そう言って勇者は、水準器や、隅壺、コンパス、単眼鏡などの『道具』を人々に分け与えた。
「これらの道具はね、凄そうに見えるけど、君たちの手で作る事が可能なんだ」
人々は勇者の言葉が信じられなかった。
しかし勇者は言葉を続ける。
「適切な道具と経験、そして発想力……これがあれば君たちの世界はもっと発展するよ」
勇者は更に、それらの道具の使い方を書いた羊皮紙の束を差し出した。
「これは僕の世界ではマニュアルとか説明書とか呼ばれるものなんだ。これがあれば、僕がいなくなっても、道具の使い方が分かるし、様々な建造物を作る事が出来る」
「だから、頑張って……」
勇者の言葉は静かに人々の心の中に染みわたっていった。
その願いが、百年後にどうなったのかを、勇者は知らない。
■約束の日まで
ニコは二日に渡るスラムの探索を終えて、今日と明日は離宮の庭園の警護を担当する。
いつものようにガゼボの下で庭園を見つめ、変化が無いか確認をしていると、王女様の専任メイドのエステルが駆け寄ってきた。
「ニコさん」
「あ、エステル。こんにちは」
ニコが挨拶すると、エステルはカーテシ―の姿勢を取る。
「って、それどころじゃなかった……姫様が来ます」
「えっ?」
ニコが目を見開いて驚く。
「今日は此処に来る予定じゃなかったじゃない」
「それが……今日はニコさんが此処の担当だと知ったら、全ての予定をキャンセルしてしまって……」
「うわぁ……」
「とにかく、今姫様が来ますから、そのまま待っててくださいね。逃げちゃダメですからねっ!!」
そう言ってエステルは再び来た方向に駆け出す。
「逃げないって……人を何だと思ってるんだ、エステルってば」
エステルの背中に声を掛けるがエステルは振り向かずにいて行ってしまった。
「しかし、フラウが来るのか……なんだかすごく久しぶりな感じがする」
ニコは自分の姿を見て身だしなみをチェックする。
「最近、フロムが煩いから大丈夫だと思うんだけど……」
そうこうしているうちに、庭園の向こうからフラウセリア・アルデリオン王女がやってくるのが見えた。
ニコは休めの姿勢でフラウセリア王女がやってくるのを待つのだった。
◆
フラウセリアは淡い黄色をベースに、オレンジ色のレースが合わされた可愛いドレスを身に纏っていた。
普段はあまり派手な装飾品を付けないフラウセリアが、目の色に合わせたイヤリングとネックレスをしているのに気づき、ニコは思わず目を見開く。
「お姫様みたいだ……」
ついそんな言葉が口から零れる。
すると、ニコの前に優雅に座ったフラウセリアは頬を膨らませる。
「姫です……れっきとした王女です」
「あ、声に出てた?」
「出てました。しっかり聞こえちゃいました」
「ごめんて……あんまにも可愛い格好をしているんで……つい」
「えっ……可愛いですか」
「うん。その色の組み合わせは初めて見たけど、良く似合ってるよ」
「えへへへ」
そんな会話をしていると、エステルが咳払いをする。
「姫様、ニコ、どこに人の目や耳があるかもしれません。もう少し口調にお気をつけてください」
「ごめん。気を付けるよ」
「……」
ニコはすぐに謝ったが、フラウセリアは頬を膨らませてそっぽを向く。
「(あれ……随分と今日は子供っぽいな……何かあったかな?)」
ニコは姿勢を正して、正面を向いたままフラウセリアに話し掛ける。
「何かございましたか?」
「……え……うん。まあ……ちょっと」
フラウセリアが言い淀む。
ニコは気づかないふりをする。
ガゼボの中に沈黙が満ちる。
エステルがいつの間にかお茶のセットを用意していて、フラウセリアの前にそれが置かれている。
フラウセリアはティーカップに手を伸ばして、小さく呟く。
「……婚約が決まったわ」
「……」
「相手は帝国の公爵家の嫡男で、まだ会った事はないけど、良い人みたい……」
「そうですか……」
ニコは何となく『おめでとうございます』と言いそびれた。
「意外とあっさり決まっちゃうのね、こういうの」
その呟きを聞いて、エステルがほんの少しだけ辛そうな表情をする。
「一国の姫に生まれたからは、政略結婚しかないものね。相手の方が良い人で良かったわ」
そう言ったフラウセリアの表情は、先程までの子供っぽさが消え、年相応の少女の表情だった。
「でも、今すぐって訳じゃないのよ。お互いの国の都合があるみたいなのよ……わたしの意志なんかどうでもいいのかしら」
「姫様……」
「……冗談よ……ただ、今日ニコが此処にいるって聞いたら、どうしてもニコに最初に聞いて欲しくなっちゃって……ごめんなさいね」
「姫様、謝らないでください。その気持ち、すごく嬉しいです」
ニコはその場で頭を下げる。
「まだ予定は先だけど……婚約披露の舞踏会が開催される予定よ」
「舞踏会……ですか」
「ええ。だからその時までに、わたしの私室を警護できるようになっていてね……約束よ」
フラウセリアの目は真剣だった。
ニコは改めて、騎士の礼をとる。
「必ずや……お約束します」
その言葉を聞いて、フラウセリアは穏やかな笑みを浮かべるのだった。




