第11話 消された足跡
次の日の朝。
二日間の夜間警護が終わり、今日から再びヴァスケス班長とスラム調査に向かう。
ニコは前回と同じように、動きやすいズボン姿で厚手のシャツに、ヴァスケスの真似をしてポケットの多いベストを着用している。
その恰好でヴァスケス班長の元に行くと、ヴァスケスが露骨に嫌な顔をする。
「何だよ……動きやすい格好を選んできたのは褒めてやるが……オレと同じ格好なのは何故なんだよ?」
「えっと、リスペクト?」
「りす……ぺ……なんだそれは?」
「ん-と、尊敬ですかね」
そう答えを聞くとヴァスケスが半目でニコを睨む。
ヴァスケスはニコに近づき、頭を軽く叩く。
「痛っ」
「痛くねえよ。行くぞ」
「うー、パワハラだ……」
「ぱわ……おまえ、今日はよくわからねえ言葉を使うな」
「えーと、宿舎で流行ってるんですよ……はははは」
「ふん、そうかよ」
そう言って、ヴァスケスはさっさと歩きだしてしまう。
「すいません、ヴァスケスさん、待ってくださいよっ!!」
ヴァスケスはその言葉を聞いて、ほんの少しだけ口角を上げた。
◆
スラムの奥。
今日はいつもより奥に進んでいる二人だった。
前方に朽ちた教会が見えてきた。
「……こんな所に教会があるんですね……」
「……この宗派は今は無い……昔、国教派と揉めて解体されたって話だ」
「宗教にも争いがあるんですね」
「宗教がらみの争いなんて腐るほどあるだろ。珍しくもねえ」
ヴァスケスが吐き捨てるように言う。
「一応、中も確認しておくか」
そう言ってヴァスケスがニコに先に行くように指示を出す。
「えーっ、あたしが先ですか?」
「当たり前だろ。さっさと行け」
「はーい」
ニコは腰に下げていた短剣を抜き、右手に構える。
床には埃が粉状に積もっていて、歩くたびに少し滑る感覚が足の裏から伝わる。
「誰も使ってないんじゃないですか?」
ニコが良く確かめもせずそんな事を言う。
「ニコ、注意して床を見てみろ。足跡を消した跡があるだろうが……」
ヴァスケスに言われて、ニコが床を確認する。
「あっ……本当だ……何かなぞったような跡がありますね」
「しかも意外と新しい……まあ、こんな朽ちた教会なんて隠れ家にするには最適だろうからな」
ヴァスケスはそう言って、崩れた祭壇に向かう。
何カ所か床が抜けていて、体重を乗せるとギシギシと音を立てる。
ニコも続いて来て、先に進もうとする。
「それ以上は行かなくていい。そっちは何もない」
「えっ?」
ヴァスケスはそう言うと背中を向けて出口に向かってしまう。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよぉ!!」
ニコは慌ててヴァスケスの背中を追うのだった。
◆
「ヴァスケスさん、その宗派が解体されたのって、いつ位の話なんですか?」
ヴァスケスは無言でニコの方に振り返る。
「何でそんな事が気になるんだ?」
「いや、ちょっと……気になったもので……」
ヴァスケスはじっとニコの目を見たまま口を開く。
「先々代の国王の時だ……現在の国教を定めたのも先々代の国王だしな」
ニコの脳内で、また一つのピースが嵌る。
「先々代の国王って……どんな人だったんですか?」
「はあっ? そんな事はお前たち貴族の方が良く知ってんだろっ」
「それが……あんまり勉強してなくて……それにヴァスケスさん達の評価の方が聞きたいなって」
「……先々代の国王は様々な法律を施行した賢王といわれている……」
「へえ」
「よその国ではどうか知らないが……この国では一度施行された法律が取り下げられたことはない……賢王様が施行した法律だからな」
「……」
ヴァスケスはそこまで言った後は無言になってしまった。
そして二人はスラムの中を暗くなるまで探索したのだった。
◆
夜。
宿舎に戻ると、離宮警護の任務を終えたフロムがいた。
「フロムー。この間はありがとうね。こんなに自分が徹夜に弱いと思わなかったよ」
フロムは横目でニコを睨むと、無視して着替えを始める。
「えー、無視しないでよー」
「ちっ……煩い奴だな」
フロムはそう言って、ニコに近づき髪の毛をぐちゃぐちゃにする。
「あー、やめてよっ!!」
ニコが頭をおさえて後ろに下がる。
と、その時アグネスが部屋に入ってきて、ニコの背中がアグネスにぶつかる。
「おっと、あぶないよ」
「あ、アグネス。ごめんね」
ニコはアグネスに謝る。
「何だい、二人でお楽しみだったのかい?」
アグネスに言われて二人がお互いの格好を見る。
フロムは着替えの途中だったし、ニコはスラム調査のせいで、派手に着崩れた格好をしていた。
フロムが耳を赤くして大きな声を出す。
「そ、そんなことあるかっ!!」
「そ、そうだよ……ちょっとじゃれてただけだよ」
「てめ、ニコッ!!誤解されるようなこと言うなっ!!」
フロムがバシンッとニコの背中を叩く。
「痛っ!!」
ニコがその場に蹲る。
フロムはそっぽを向いて着替えの続きを始める。
そしてアグネスはそんな二人を優しく見つめていた。
ただ、ニコだけは、なんだかアグネスが遠い人のように感じるのだった。




