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第10話 幽霊は出ませんでした


 次の日の朝。


 ヴァルキュリア騎士団の宿舎。


 ニコがヘロヘロになりながら戻ってきた。


「おい、ニコ。大丈夫か?」


 そんなニコの様子を見かねたヴァスケスが声を掛ける。


「あー、ヴァスケス班長……大丈夫です……幽霊は出ませんでした……なんか白いのは見えた気がしたけど……です」


 ヴァスケスは困ったような表情を浮かべる。


「まあ、幽霊は出なかったし、白いのはお前の見間違いだな」


「はいー。そうであります」


「おい、フロム。こいつを何とかしろっ!! 同室だろ」


「はい。ヴァスケス班長」


 フロムが駆け寄ってきて、ニコに肩を貸す。


「すいません。こんなに徹夜に弱いなんて……後で叱っておきます」


「そうしろ……寝ぼけて、幽霊が出たなんて正式に報告されたらたまったもんじゃないからな」


 その言葉を聞いてフロムが青くなる。


 新人たちが離宮の共同墓地で一晩中警護任務に就くことを想像してしまったからだ。


「はい。そちらも注意しておきます」


「よし。行け」


 ヴァスケスの号令で、フロムがニコに肩を貸しながら宿舎の中に入っていった。


「……大丈夫か? あいつ」


 ヴァスケスが呟くと、いつの間にか傍に居たコリーナがヴァスケスの肩を叩く。


「今、ニコが幽霊を見たとか報告をしていなかったか?」


「いえ、幽霊を見なかった、と報告がありました」


「そうか……あそこはデリケートな場所だからな……報告には十分注意するように」


「はい」


 ヴァスケスは何故か礼儀正しく対応する。


 そしてコリーナが立ち去るのを見てから息を吐く。


「まったく……ニコの警戒心の無さにはこっちがヒヤヒヤさせられるぜ」


 ヴァスケスはそう言うと、練兵場に戻るのだった。


 ◆


 スラムの奥。


 朽ちた教会の中。


 聖人と呼ばれる者が再び壊れた祭壇に向かって祈っていた。


 そこに明らかに場違いのローブを頭からかぶっている人物が現れた。


 朽ちた教会に響く祈りの声が止まる。

「熱心だな……」


 ローブの人物が声を掛けると、聖人は慌てて振り返り、そのままローブの人物の前にひれ伏す。


「これはっ……ご尊顔を拝しまして……」


「よい。 ……首尾は?」


「はっ……順調に芽が育っております……」


「そうか……」


 そしてローブの人物はひれ伏している聖人の前に片膝をつく。


「……今、この国の王女に縁談話が来ている……帝国からだ」


 その言葉に、聖人が顔を上げる。


「……まったく、王国も帝国も『節操』という言葉を知らぬらしい」


「まさにっ……」


 聖人はそう言って手で拳を作り、握りしめる。


「この婚約は多分まとまる……両国の思惑によってな」


「……嘆かわしい事でございます……」


「裁きの日は近い……用意せよ……」


「もったいなきお言葉……しかと……しかと伝えます」


 ローブ人物は立ち上がる。


 そして入ってきたときと同じように、足音を立てずに出て行った。


「……裁きの日……ああ……」


 聖人は涙を流すのだった。


 ◆


 ヴァルキュリア騎士団の宿舎。


 夜間警護の任務を終えて、ヘロヘロだったニコはベッドの上で目を覚ました。


「……あれ……いつの間にベッドに……」


 よく見ると机の上に畳まれた制服が置いてあった。


「……あたしが……畳む訳ないか……ああ、またフロムに怒られるよ」


 ニコはベッドの上でぎゅっと毛布を引き寄せる。


「……でも……こうしていても仕方ない」


 二日夜間警護を実施すると、明日の朝までは待機任務になる。


 基本的に王城内か、練兵場に居ればよいのだ。


「そうだ。昨日行けなった、公文書室に行こう……まだ何かあるような気がする」


 ニコはベッドから飛び起きると、少し考えてから畳んであった制服に袖を通す。


「こっちの格好の方がしっくりくるね」


 ニコはそう言うと、部屋を出て王城に向かうのだった。


 ◆


 一昨日と同じように衛士の元に向かう。


 ヴァルキュリアの制服を着ているせいで、衛士たちがぎょっとした表情を浮かべる。


 ニコは学園の卒業証明書を取り出して見せる。


「そんなに驚かなくても……今は待機時間中なんで……公文書室に用があります」


「わ、わかりました。失礼します」


 衛士は書類を確かめ、例のメダルを手渡してくる。


「帰りにメダルを返却して頂ければ書類をお返しします」


「はい。ご苦労様です」


 ニコは略式の礼ををすると、王城に向かって走り出していった。


 ◆


 流石に二回目なので、迷わずに公文書室に辿り着く。


 前回、読みかけだった書類の束を引っ張り出してくる。


『勇者が作った下水道は王都の住民に歓迎された。嫌な臭いも、路上に打ち捨てられた馬糞などの問題が一気に解決に向かったからだ』


『勇者の死後、下水道の管理は、勇者と共に下水道を造ったレンガ職人に受け継がれた。この時レンガ職人は男爵に叙爵され、以後『アンダーウォーター卿』と呼ばれる』


『初代のアンダーウォーター卿が逝去し、二代目も逝去したころから、アンダーウォーター卿の独善が始まる』


 此処まで読んだニコが眉を顰める。


『三代目のアンダーウォーター卿は『まんほーる・しすてむ』を廃止する。主な理由は『地上の道の障害になる為』だったが、それ以外にも『景観を損なう』、『馬車事故の原因になる』、『維持費削減』……により『まんほーる・しすてむ』を廃し、平坦な道を作った』


『これと同時に、下水道の修理にはまんほーるを使用せず、下位の冒険者や探索者が行うようになった』


 それを読んだニコが思わず立ち上がる。


「このアンダーウォーター男爵って馬鹿じゃんっ!! 何でマンホール潰しちゃうのさ。修理が大変じゃない」


「しかも修理に素人を使うなんて……」


 ニコは思わず頭を抱える。


 そしてそれでもと書類を読み進めて、ニコは致命的な項目を見てしまう。


『三代目のアンダーウォーター卿は最後の改革として、王家の下水道を真似た建造物の建造を禁じる法律を上申した。……下水道は勇者の残した偉大な遺産であり、王家の秘宝として安易に模倣させるべきではないと……模倣する者には厳罰を持って臨むべきであると』


『そしてこの上申は、先々代の国王によって承認され、即日交付となった』


 ニコは椅子に座り込んでしまう。


 完全に間違った方向に進んでいた。


 人々の生活を向上させるため、衛生状態を向上させるための技術が秘匿され、あろう事か模倣すれば厳罰に処されるなんて……。


「……既得権益……怖い……」


 ニコはそう呟いて、じっと書類を見つめるのだった。



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