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第9話 苦い紅茶

 ■苦い紅茶


「うーー眠い……」


 ニコは夜間警護を終えて、宿舎に戻ってきていた。


 部屋にはフロムがいて、ニコの様子をニヤニヤ笑って見ている。


「だから言ったろ、きついって……一晩中、あんなところで眠らずに突っ立っているなんて、正気の沙汰じゃねえよな」


「……あたし、昨日は共同墓地の監視だった……怖かったよー」


「ああ……そりゃあご愁傷様」


 離宮の外れに、離宮でなくなった人たちを弔う小さな教会と、小さな共同墓地がある。


 昼間はそこそこ人が訪れるが、夜になるとぱったりと人が来なくなる。


 そんな場所だからこそ、悪用されないように夜間の重要警備場所になっている。


「……なんだか変な声が聞こえてきそうで……眠れなかったよ」


「だから寝ちゃダメだって」


 ニコの頭がグラングランと揺れている。


「良いからさっさと寝ろ。あ、制服は脱げよ」


「あい……」


 ニコはスカートと上着を一緒に脱ごうとする。


「ああもうっ、世話の焼けるっ!!」


 見かねたフロムがニコの制服を脱がせる。


「おら、さっさと寝ろっ!!」


 フロムが下着姿にひん剥いたニコをベッドの上に放り投げる。


「あう……フロムが……すぅ……」


 あっという間に寝落ちした。


 フロムは脱がしたスカートを畳みながら、でかい妹が出来たみたいだと思うのだった。


 ◆


 ニコが目を覚ました時は、既に昼食の時間を過ぎていた。


 慌てて食堂に駆け込むが、食堂のおばちゃんが両手を広げて、何もない事をアピールしてくる。


「あう……寝過ごした……お腹空いた……」


 食堂からトボトボ歩いていると、前からアグネスが歩いてきた。


 あれからちゃんと謝ってはいないが、それなりに会話はする程度に二人の仲は回復していた。


 それでも。あの日の夜から、二人の間には何となく壁のようなものが出来ている感じがしていた。


「アグネス……」


 ニコが声を掛けると、アグネスは柔和な笑みを浮かべる。


「どうしたんだい? その顔はお昼を食べ損ねたね」


「はう……アグネスには分かっちゃうんだね」


「ニコの様子を見れば誰だってわかるよ」


 そう言ってからアグネスは少し思案してからニコに話し掛ける。


「そんなにお腹が空いているなら、ニコのお友達のエステルさんに頼んだらどうだい? お菓子位融通してくれるかもよ」


 その言葉を聞いてニコの顔がぱっと明るくなる。


「そうだね。エステルに相談してみる。ありがと、アグネス」


「どういたしまして」


 アグネスはそう言って立ち去っていく。


 ニコはその背中を見つめていたが、不意に疑問が浮かぶ。


「あれ……あたし、エステルのこと、アグネスに話したっけ?」


 エステルは王女様の専任メイドで、ヴァルキュリア騎士団の騎士達でも、ごく一部の者としか接触が無い。


 ましてや、そんなエステルとちょこちょこ、『お茶会もどき』をしているなんて、他人に話したことが無かったはずだ。


 ニコは遠ざかるアグネスの背中を見つめながら、小さなモヤモヤを抱えるのだった。


 ◆


「今日は公文書館に行けないな……」


 結局、ニコはエステルを捕まえておやつのおすそ分けをしてもらった。


「本当は駄目なんですからね。分かってますか」


 エステルの小言も、口の中に目いっぱいお菓子を詰め込んでいるニコには届かない。


「……こんな人がヴァルキュリアだなんて……」


 エステルががっくりと肩を落とす。


「んぐ。いやあ、離宮のお菓子はいつ食べても美味しいね。ありがと、エステル」


「もう、そんな笑顔しても騙されませんからね」


 そう言いながらも、いつの間にかエステルも笑っていた。


「そう言えばさ、姫様最近見ないけど……どうしたの?」


 するとエステルは少し困ったような表情を浮かべる。


 どうもニコに話すかどうか悩んでいるようだ。


「あ、ごめん。話しちゃまずいなら聞かないよ?」


「いえ……ニコさんには聞いてもらっても大丈夫ですよ」


 そう言ってエステルはニコの耳に顔を近づける。


「実は姫様に縁談の話が来ているんです……それがちょっと訳ありで……」


「ふんふん。……え、訳あり?」


「……相手が帝国の公爵家の嫡男なんですよ」


 ニコも貴族の子女なので、政略結婚については理解しているつもりだった。


 しかし、実際に知っている者が、政略結婚をするとなると話は別だった。


「フラウは納得しているの?」


「……わかりません。このお話もつい最近持ち上がってきたので……」


「そうなんだ……」


 ニコは目の前の冷めてしまった紅茶を口に運ぶ。


 それは何故か、いつもより苦い気がした。


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