第7話 守りたい時間
ヴァスケスとの任務が終わり、ニコは宿舎に戻ってきた。
部屋の中では、これから夜間警固に向かうフロムが身支度を整えていた。
「よお、これ悪かったな。ありがとな」
フロムは制服を引っ張りながらニコに礼を言う。
「寝る前に脱がないと皺くちゃになっちゃうよ?」
「わかった。次から気を付ける」
「そうそう、今日はヴァスケス班長と下水道の探検をしてきた。すごかったよぉ」
「ああ、あれな。確かに凄いよな。百年以上前にアレを作れるって云うのが凄い」
フロムもうんうんと頷いている。
と、急にフロムが真顔になる。
「はしゃいでいるところに水を差すみたいであれなんだけどな……」
フロムにしては珍しく、何かを言い淀む。
「なによ。フロムらしくないわよ」
「あの下水道の技術、確かに凄いだろ……だからか知らないが、アレは王家の門外不出の技術って事になってる」
「……?」
ニコはフロムが何を言いたいかが分からない。
そんなニコに気付いたフロムが、苦笑する。
「分からなかったら良いんだ……気にするな。じゃあ、あたしは仕事に行ってくる」
「え、フロム?
フロムは足早にドアの所に移動してしまう。
「アグネスと早く仲直りしろよ。じゃあな」
そう言って、フロムは行ってしまった。
「……何なのよ……もう」
そう言った時に気付いた。
「そうか……だから知ろうとすることが重要なのか」
ニコはそう言ってから、どうやって調べるかを考え始めるのだった。
◆
ヴァスケスとの任務が一区切りついた数日後。
離宮の庭園の片隅にあるガゼボ。
そこにニコの姿があった。
ただし、フラウの姿はなく、代わりにそこにいるのはエステルだった。
「……と、いう訳なんですよ」
「何が、『……と言う訳』ですか……もう」
エステルとは、最初のうちは警戒されていたが、そこは同じフラウ王女を慕う者同士で、最近はこうして良くお喋りをする仲になっていた。
「……しかし、王都の下水道に関する資料ですか……なかなか、聞いたことが無いですね」
エステルは人差し指を丸めて、顎の先に触れさせている。
「学園でもそんな事教わらなかったしね……こんなに資料が無いと、意図的に隠蔽されている気がしてきちゃうね」
エステルはそこで何か閃いたようだった。
「王宮の図書室になら、何か資料になるものがあるんじゃないですか?」
「ああ、なるほど……」
そうは言いつつも、ニコの顔が曇る。
「どうかしましたか?」
「いや、王宮は近衛騎士団の縄張りだからね……それにちょっと前に騒ぎを起こしたから……ははは」
ニコは乾いた笑い声をあげる。
「何をしたかは聞きませんけど……ニコさんらしいですね」
その時、時刻を知らせる鐘の音が鳴った。
「あ、そろそろ姫様の所に戻らないと」
「うん。色々教えてもらってありがとう」
ニコがそう言うと、エステルが一瞬だけきょとんとする。
そして穏やかな笑みを浮かべてニコに話し掛ける。
「ニコさんだけですよ。メイドにそんなに丁寧に接してくるのは」
「そうかな……だって、姫様を守る仲間だし、友達でしょ」
エステルは困ったように笑うと、静かに頭を下げる。
「では、失礼します」
「うん。またね」
エステルが立ち去り、ニコは誰もいない庭園の警備に戻るのだった。
◆
翌日の王宮。
この日から夜間警護の任務なので、昼間は待機時間になったニコは王宮の図書室にやって来ていた。
今日はヴァルキュリアの制服ではなく、貴族の子女らしい、今風のドレス姿だ。
王宮に行くと言ったら、フロムが何処からか持ってきた。
「いいか。借り物だから汚すなよ。大事な事だからもう一度言うぞ、汚すな」
「う、うん。わかったよ。努力する」
「何だよ、努力するっていうのはっ!!汚すの前提の発言だろっ!!」
そんな様子をアグネスは微笑ましく見ている。
あの日以来、仲直りをした訳では無いが、段々といつもの関係に戻りつつあった。
「一応、学園の卒業証明書を持っていれば入れるはずだよ」
アグネスがそう言って、教えてくれた。
「わかった。途中で家によって持っていく。ありがとね」
アグネスは少し照れたように笑った。
「でも大丈夫か? 夜間警護は結構きついぞ。本当は待機時間に寝ておくのがいいんだけどな」
フロムが心配してくれる。
「大丈夫だよ。あたし、意外と体力あるし」
「そうかよ。……いいか、それ絶対に汚すなよ」
「しつこいなあ、大丈夫だって。じゃあ、行ってくるね」
ニコはそう言って部屋を出ようとする。
「あっ、」
ガツッ
「痛っ!!」
その矢先に、ベッドの角に小指をぶつけて転びそうになる。
「お、おい、大丈夫かっ」
フロムがニコより先にドレスの裾を見る。
「フロム……酷くない」
「……ふん」
そのやり取りを見てアグネスがクスクス笑っている。
ニコは、こんな関係がずっと続くと良いなと考えていた。




