第6話 見えない王都
朝。
ニコが目覚めた時、既にアグネスの姿は無かった。
「(顔を合わせたら、謝ろうと思ったのに……)」
ニコが残念に思っていると、もう一人の住人が戻ってきた。
「あ、フロム。お疲れ様」
「おう……おはよー。疲れたぜ……」
フロムは眠そうに目を擦る。
「夜間警固……大変そうだね」
「大変そう……じゃなくて、大変なの。朝からケンカ売ってる?」
「そんな事しないよ……で、朝ご飯どうするの?」
「駄目だ……眠い……昼まで寝て、昼飯をたらふく食う」
そう言ってフロムはベッドの上に倒れ込む。
「駄目だよフロム。制服ぐらい脱がないと」
ニコはフロムに駆け寄り、フロムの制服を脱がしていく。
「ほら、こっちの袖から……ちょっと、少しは力を入れてよ」
「駄目だー……眠い」
フロムは本当に寝てしまいそうだ。
ニコは悪戦苦闘して、なんとかフロムの制服を脱がせ終える。
「……しわくちゃになっちゃうじゃない」
ニコの小言は、既に睡魔の向こう側に行ったフロムには届かなかった。
「もう……」
ニコはフロムの制服を畳みながら、今日の任務に考えを馳せるのだった。
◆
朝食を終えて、練兵場へ移動する。
ヴァスケス班長はまだのようだ。
ニコは、昨日とは異なり、動きやすいズボン姿で、上は厚手のシャツを身に着けている。
そこにヴァスケスが現れる。
「お、気合が入ってるじゃないか…‥ちょっと、まだ良い所のお嬢さんっぽさが抜けてねえが……」
「そんなに貴族っぽいですか? ほかの人には言われたことが無いです」
「まあな。これは出自だからな……本人じゃどうしようもねえしな」
「はあ……」
ヴァスケスがもう一度ニコを舐めるように見る。
そして小さく頷いてから、口を開く。
「しかし、昨日のようにスカートじゃなくて良かったぜ。今日は地下に潜るからな」
「へっ……地下ですか?」
「ふっ、まあ楽しみにしてろ。さあ、行くぞ」
「はい。ヴァスケスさん」
ヴァスケスはその言葉を聞くと、嬉しそうにニコの背中を叩くのだった。
「おう、よろしくなっ!!」
◆
「うわああ……」
ニコの感嘆の声が響く。
此処は王都の地下に張り巡らされている下水道。
無数のレンガで作られている。
「……こんな場所があるなんて、知らなかったです」
「まあ、お貴族様の令嬢には縁のない世界だよな……」
ヴァスケスとニコの足音がカツン、カツンと反響する。
「お前さ、何で王都が臭くないか知ってるか?」
「ふえっ?」
ヴァスケスにそう言われて気付く。
王都でスラムの様な不快な臭いをかぐことは無かった事に。
「不思議だろ、此処。百年以上前に現れた勇者様が作ったとされているんだ」
「……百年……勇者……」
ニコがおうむ返しに言葉を返すと、ヴァスケスが苦笑する。
「皮肉なもんだな。王都育ちが知らない事を、平民や王都以外の人間が知ってるなんてな」
「えっ、だって、誰も教えてくれなかったし……」
「違うだろ」
ヴァスケスの顔が真顔になる。
「知ろうとしなかった……少しだけ、当たり前の事を考えれば、知る事は可能だったんだぜ」
ヴァスケスは別に責めている訳では無かった。
しかし、ヴァスケスの言葉が心に突き刺さる。
「この下水道のおかげで、疫病の発生がぐっと減った」
ヴァスケスは闇の奥を指さす。
「この水が何処に行くか知ってるか?」
「……いいえ」
ヴァスケスは持ってきた松明に非を灯す。
下水道の中がオレンジ色の光を反射する。
「いい機会だ。このまま奥に行くぞ。面白いものを見せてやる」
ヴァスケスはそう言って、下水道の細い側道を奥に向かって歩いていく。
「ヴァスケスさん、待ってください」
ニコはあわてて、その背中を追いかけるのだった。
◆
最初は人一人が立って歩くのがやっと位だったが水道が、奥に向かうにしたがって段々と大きくなる。
幾つもの支流から流れ込んでくる下水が、徐々に大きくなっていく。
途中にゴミをせき止める場所があり、ゴウゴウと水飛沫が跳ねる音が響く。
「街にはさ、冒険者とか、探索者とか、傭兵とかがいるだろ」
「はい。騎士団に入ってから良く目にするようになりました」
「あいつら格好の良いこと言ってるが、結局は便利屋だ。人のやりたがらない仕事を請け負う」
そしてヴァスケスが松明を傾ける。
ゴミをせき止めている場所がオレンジ色に反射する。
「このままゴミを放置していたら、下水が詰まっちまう。だから、定期的に清掃する必要がある」
「……確かにそうですね」
「そんな仕事を、奴らが請け負っている……ゴミだけじゃねえ、泥や破損の修復。時には住み着いた魔物の討伐なんかも仕事のうちだ」
「……」
ニコは知らなかった。
王都の地下でそんな事が繰り広げられているなんて。
「この辺りはちゃんと清掃されているみたいだな……」
ヴァスケスは通路の隅や合流する所を確認する。
「此処までくれば、もうすぐだ。行くぞ」
「はい」
二人は再び下水道の奥へと進んでいく。
そしてしばらく歩いていると、前方から外の光が差し込んでいるのに気付く。
「あの先が終点だ。ほら、行ってみろ」
「は、はい」
ニコはヴァスケスを追い抜き、外の光の方向へ進んでいく。
◆
「うわあぁ……」
ニコが感嘆の声を上げる。
そこには大きな湖と、それを取り囲む森の姿があった。
ヴァスケスが外に出てきて、松明を踏んで炎を消す。
そしてニコに話し掛ける。
「この湖は人工湖なんだ。此処で汚れた水を一旦蓄えて、泥を沈殿させるんだ」
「……浄水場だ……」
「浄水か……良い言い方だな」
ヴァスケスは辺りを見回す。
「此処で綺麗になった上澄みだけを川に戻す……よく考えたよな」
「(これを考えたのは絶対に現代の人間だ……それにしても凄い)」
ニコはじっと、人工的に作られた景色を見る。
「この森の周囲は塀で囲まれていて、侵入することは難しい……塀の周囲は第一騎士団が周期的に見回っているからな」
ヴァスケスはそう言って大きく伸びをする。
「な、面白いものが見れたろ?」
ニコはヴァスケスの顔をマジマジト見つめ、大きく頷いた。
「はい。凄いです。びっくりしました」
「一つ、賢くなったな」
ヴァスケスはそう言って笑うのだった。




