第4話 水のない街
翌日。
練兵場にヴァスケスとニコの姿があった。
今日から、スラムでの潜入調査が開始される。
なので、二人ともいつもの騎士服ではなく、平民の格好をしている。
もっともヴァスケスの場合は100パーセント私服なのだが。
ニコは下町の街娘になり切っていた。
そんなニコを見てヴァスケスが笑う。
「おまえ、そう云う格好が本当に似合うよな。本当に貴族の令嬢かよ」
「ヴァスケス班長だって、何ですかその恰好は。見るからに女傭兵か女盗賊ですよ」
「ウルセエな。いいんだよ。この方が動きやすくって」
ヴァスケスはズボンに厚手のシャツ、そしてポケットのついたベストを上に羽織っている。
対するニコは、頭にスカーフを巻き、茶色のワンピースを胸の下でひもで縛り、ふわっとしたシルエットにしている。
見るからに下町の住人っぽい格好だが、足元だけは二人とも頑丈そうなブーツを履いている。
そしてお互いに、短剣とナイフを服の下に隠していた。
「まあ、こんな感じで良いだろ。あんまり小綺麗にすると却って浮くからな」
「はい、ヴァスケス班長」
ニコが答えると、ヴァスケスがじっとニコを見つめる。
「な、何でしょう?」
「お前、その班長ってやめろ。おかしいだろ」
「ええっ、でも何てお呼びすれば」
「ヴァスケスで構わん」
「そ、そうはいきませんよ……せめて『ヴァスケスさん』でどうですか?」
「ふん。まあいい。これからはそう呼べ」
「はい、ヴァスケスさん」
そして二人は練兵場を出て、一路スラムへと向かうのだった。
◆
王都の中を進んでいく二人。
下町を通り過ぎ、更に王城から離れた場所に来た。
この辺になると、随分と雰囲気も違うし、漂う空気も違う感じがする。
「……なんだか変な匂いがします……」
ニコがヴァスケスに尋ねるように言う。
「そうか……お前は知らねえか……お嬢様だもんな」
「むう……そんないい方しなくても良いじゃないですか」
「ふん」
ヴァスケスは笑いながら、ニコの頭を軽く叩く。
「貧民街なんて、みんなこんな感じだし、こんな匂いがするんだよ」
ヴァスケスは少しだけ真面目な顔で話をする。
「この辺の連中は、水浴びも出来ない……そんな水があったら飲み水にするさ」
「何でですか……水なんて井戸からくみ上げれば良いじゃないですか」
するとヴァスケスは少し悲しそうな表情になる。
「この辺りの住人は、非合法に住んでいる連中が多い」
「……非合法……ですか?」
「ああ。訳あり、難民、犯罪者……下町にすら住めない連中が、この辺りを不法に占拠しているのが実情だ」
「……だったら、普通に働いて、こんな所から出ていけばいいじゃないですか」
「ニコ……この辺りの連中が普通に働けると思うか?」
「……」
「例えばだ。食堂で汚い身なりの奴が給仕してたら、その店に行くか?」
「汚かったら体を洗えばいいじゃないですか」
「だから最初に言ったろう……体を洗う水があったら、此処の連中は飲み水に使うって」
「……だから井戸を使えば」
「無いんだよ」
「えっ」
ヴァスケスはニコの方に振り返って止まる。
「この辺りを不法に占拠しているって話したよな」
「はい」
「だから、王国はこの辺りに制限を課した……井戸を掘る許可を制限しているんだ」
ニコの顔から表情が消えた。
「この辺りで勝手に井戸を掘る事は違法だ……王国がそう定めた……きまりだ」
「そんな……」
ニコだって、水がどれ程大切かは分かっている。
しかし、この辺りの住人は井戸が使えない。
「じゃあ……」
「この辺の連中は川に水汲みに行ったり、下町でこっそりと水を汲んできたりするんだ」
「そんな……」
「さっきの話に戻すぜ」
ヴァスケスは再び前を向く。
「身なりの汚い奴が給仕する店なんか、誰もいかない」
「臭い匂いがする奴を商店は雇わない」
「それが、この辺りの連中が貧困から抜けられない理由の一つだ」
ニコは思わず俯いてしまう。
「(知らなかった……王国にこんな場所があるなんて……そしてそんな法律があるなんて……)」
ニコは急に何かに押しつぶされるような錯覚を感じた。
「ニコ……お前はこれから知りたくもない事を知らされる」
「……」
「その覚悟はできているか?」
ヴァスケスの問いかけにニコは答える事が出来なかった。




