第1話 ガゼボの約束
盗賊との戦いから暫くしてのある日。
「ねえ、ニコ」
「何ですか。殿下」
「今は二人きりよ、ニコ」
「……なんですか、フラウ」
フラウセリア・アルデリオン王女はその言葉を聞いて満足そうに微笑む。
此処は離宮の中にある庭園の片隅にあるガゼボの中。
フラウセリアのお気に入りの場所である。
フラウセリアはガゼボの中の椅子に座って、お茶を嗜んでいる。
専属メイドのエステルは、フラウセリアのお願いで、厨房にお菓子を取りに行っている。
ニコはフラウセリアの横に、休めの姿勢で立っている。
「ニコもお茶を飲みません事?」
「いえ、任務中ですので」
「むう」
フラウセリアが頬を膨らませる。
「なんだか、最初の頃に戻っちゃったみたい……ニコが冷たい」
「そんな事はありません。ですが、殿下はやはり殿下ですので」
「むう」
「ニコはお友達にもそんな態度をとるの?」
「いいえ」
「むう」
そんなフラウセリアの表情を見て、ニコが穏やかに微笑む。
「フラウ。あたし達はお友達です。でも、節度は必要だと思うんですよ」
「私は何でもお話しできるのがお友達だと思っておりますわ」
「そうですね。これが殿下の私室でしたら、お付き合いできますよ」
「なら」
「しかし、此処は離宮の中とは言え公共の場です。どこに人の目や耳があるか分かりません」
「それはそうだけど……」
フラウセリアがシュンとなってしまう。
ニコは再び背筋を伸ばし、庭園へ視線を戻す。
「あたしがいつか殿下の私室警護ができる位の実力を身に付けたら、その時は一晩中お話に付き合いますよ」
「ニコ……」
ニコが少しだけ視線を下げる。
見上げるフラウセリアと視線が交わう。
そこにエステルがお菓子を持って戻ってきた。
「姫様、料理長に言って特別に用意してもらいました」
そう言って得意げに胸を張る。
「……ありがとう、エステル」
穏やかなそよ風が流れる。
「(頑張ろう……みんなの為に……そして自分の為に)」
ニコは心の中で誓うのだった。
■王国の亀裂
王都、スラム街の奥。
此処では今日も炊き出しと説法が行われていた。
大きな鍋の前には、以前よりも多くの人達が並んでいた。
その人たちの前で、『聖人』と呼ばれる人物が、穏やかだが通る声で言葉を降らせる。
「ささやかではありますが、皆さんの糧を用意しました……大丈夫。此処にいる人たち全てに届く量を用意しておりますから」
「聖人様……」
「いつもありがとうございます」
「聖人様……聖人様……」
炊き出しを受け取る者達の中には、聖人の前で跪くものまで現れていた。
「貴方様だけです……我々に自愛を示してくださったのは……ああ」
「……ありがとうございます……ありがとうございます」
「良いのです。貴方達だけが搾取される構造が間違っているのです」
「確かに国王は賢王かもしれない……しかし、この場所はどうです? これが賢王の治世の結果なのでしょうか」
「こんなにも苦しんでいる人たちがいるのに……国王は何をしているのでしょう……贅を尽くした衣食住に囲まれていて、現実を見る事が出来ないのでしょう」
聖人の演説が熱を帯びてくる。
それに比例するように、人々の目に妙な光が輝き始める。
そこへ警戒中の第一騎士団の騎士達が現れた。
「おい、此処での集会や炊き出しは禁止されている。速やかに解散せよっ!!」
「そうだ、それに先程の言葉は、王に対して不敬であるぞっ!!」
人々の視線が騎士たちに集中する。
騎士達の言葉……その内容は正しいかもしれない。
しかし、騎士達は自分達にいったい何をしてくれただろう。
「……お前たちは……いつもそうだ……偉そうに命令するだけで……」
「そうだ。お前たちが一度でも飯を恵んでくれたことがあったかっ!!」
「威張り腐りやがって……帰れっ!!」
何処からか、小石が騎士達に投げつけられる。
金属製の鎧が音を立てる。
「貴様らっ!!逆らうかっ!!」
騎士の一人が激高する。
「喧しいっ!!出ていけっ!!」
「そうだ、出ていけっ!!」
騒ぎが少しずつ伝搬していく。
お互いの纏う雰囲気が剣呑なものになっていく。
「やめなさい……」
聖人が一歩ずつ歩み、騎士達に近づく。
「私の民に手を出すことは控えてもらおう」
「私の民だとっ!!此処にいるのは王国の民だっ!!」
「ならば、なぜその民がこんなに貧困にあえいでいるっ!!」
騎士達よりも大きな声で聖人が叫ぶ。
「普段は見捨てているくせに、都合の良い時だけ王国の民とはっ!!この国の王は欺瞞に満ちているなっ!!!」
「貴様っ!!」
騎士達が抜刀する。
しかし聖人は引かない。
「この者たちがいったい何をしたというのだ!! この者たちは何もしていない。それなのにお前たちは、努力が足らないとか、運が無かったとか勝手な事を言うっ!!」
「黙れと言っているっ!!」
「運よく富む側にいる者に、この者たちを非難する権利はないっ!!」
「黙れっ!!」
とうとう騎士の一人が、聖人に斬りかかってしまった。
その瞬間、聖人のそばにいたスラムの住人が聖人を突き飛ばす。
「えっ!!」
聖人がいた場所にスラムの住人の体が移動する。
そこへ振り上げられた剣が、勢いよく振り下ろされた。
「ぎゃあああああっ!!」
背中を袈裟斬りにされた住人が地面に倒れ込む。
「斬ったっ!!」
「騎士が斬りつけてきたぞっ!!」
「こいつらは敵だっ!!人殺しめっ!!」
スラムの住人たちの絶叫が狭い空間に響く。
聖人は身代わりに斬られた住人の手を握る。
「……すまない」
「いいんだ……聖人様のお役に立てば……天国にいけ……」
そこまで言って、住人は息絶える。
聖人はゆっくり立ち上がる。
「これが……これが王国のやり口かっ!!」
「聖人様、逃げてくだせえっ!!」
「そうだ、聖人様に何かあったら……」
「逃げてくださいっ!!」
聖人はスラムの住人に取り囲まれると、そのままスラムの奥へと連れていかれていく。
「待てっ!!」
「やかましいっ!!」
些細な口論から、騎士達とスラムの住人たちの武力衝突が始まってしまったのだ。




