第16話 まっすぐさ
ヴァルキュリア騎士団の援軍任務は当初一週間を予定していたが、負傷者の数が多く、三日で撤退することになった。
襲撃の次の日からは、周辺の森の中の調査や、負傷者の介護、兵站の運搬等、ヴァルキュリア騎士団は八面六臂の活躍だった。
「やあ、ニコちゃん。おはよう」
「おはようございます。ザトクリフさん。もう歩いて大丈夫なんですか?」
「ああ、心配してくれてありがとう。ほら、こんな具合で、歩けるようになったよ」
ニコに挨拶をしてきたのは、年輩の白髪が目立つ騎士、ザトクリフ。
馬房の攻防で一緒に戦った第一騎士団の騎士だ。
あの一件以来、ニコは第一騎士団の騎士たちと交友を広げていた。
ザトクリフもその中の一人だった。
「あ、なにか御用ですか?」
「ああ。うちの隊長が、そちらの隊長さんと話がしたいそうなんだ。都合はそちらに合わせるので、指令所に来て欲しいとさ」
「分かりました。コリーナ隊長に伝えますね」
「頼むよ。では」
そう言ってザトクリフは少し足を引きずりながら立ち去っていく。
「(自分がもっと強ければ、ザトクリフさんも傷を負わずに済んだのかな)」
ニコは少し思う所があったが、すぐに振り返り、コリーナの元へ向かう。
「失礼します。コリーナ隊長」
テントの中ではコリーナとヴァスケスが何事かを相談していた。
ヴァスケスが言いかけた言葉を飲み込む。
コリーナがニコに問いかける。
「何だ?」
「はい。第一騎士団からの伝言です。第一騎士団の隊長がコリーナ隊長とお話がしたいそうです。時間に関しては、こちらの都合に合わせるとのことです」
「わかった。下がって良し」
「失礼しました」
ニコは略式の礼をすると、テントから退出する。
ニコがテントを訪れるその少し前。
「アグネスから報告を受けたが、敵は盗賊らしく見せているが、違うようだぜ」
ヴァスケスがコリーナに話す。
「……理由を聞いても?」
「森の中からしか攻撃していない……厩は別とすると、馬達が標的で、後は陽動……そう考えるとしっくりくる」
「……」
「それに、オレもアグネスの意見に賛成だ。オレと切り結んだ奴、あの動きはどう考えても盗賊のそれじゃなかった」
「どこかの国の軍属、あるいは騎士が闇落ちした可能性は?」
「そりゃあ、あるけどさ。配下どもの動きが整い過ぎている……あれは普段から組織だって行動している証拠さ」
「王国の周辺がキナ臭い……というのだな」
「証拠は無いがな」
そんな話をしているところへ、ニコが入ってきたのだった。
二人の会話はそこで終わり、ニコが退出すると同時に、コリーナが立ち上がる。
「ヴァスケスの具申は心に留めておく。私はスティーブ殿の所へ行ってくる」
「はいよ」
そしてコリーナが先にテントを出て、その後にヴァスケスがテントを出る。
と、そこにニコが立っていた。
「ん、どうした。報告は済んだんだろ」
「いえ、ヴァスケス班長にお話があって」
「話?」
ヴァスケスは怪訝そうにニコを見る。
ニコは大きく息を吸ってから、ヴァスケスに向かって頭を下げる。
「あたしにもっと稽古を付けてください!! もっと、実戦的な稽古をお願いしますっ!!」
ヴァスケスは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐにいつもの斜に構えた表情になる。
「稽古嫌いのお前が、いったいどうしたんだよ?」
ニコは頭を下げたまま言葉を続ける。
「昨日、盗賊と戦った時……全然叶わなかったんです……斬りかかられて……押し倒されて……」
そこまで言ってからニコは顔を上げた。
真剣な表情だった。
「ノワールが来てくれなかったら……あたし、死んでました」
「……」
「だからもっと、強くなりたい……みんなを守れるくらいに強くなりたいんです」
「ニコ……」
ヴァスケスはニコの告白を聞いても笑わなかった。
ゆっくりとニコに近づき、ニコの正面に立つ。
そして静かに右手を差し出す。
「……」
ニコの視線がヴァスケスの右手に向いた瞬間、ヴァスケスの手がニコの顔の前に移動する。
そして中指でニコの額を弾いた。
「痛っ!!」
思わず額を押さえる。
「ニコ……お前の決意は分かった」
ニコが涙目になってヴァスケスを睨む。
ヴァスケスは真顔のまま、静かに口を開く。
「まずはオレの話を聞け」
「……はい」
「最初に言っておくが、お前がオレやアグネスみたいな剣士を目指すんならやめとけ」
「えっ」
「人にはそれぞれ向き不向きがある。お前には長剣や大剣を振り回すガタイが無い」
「……」
ニコは黙ってヴァスケスの言葉を聞く。
「これを努力で補おうとすると、とんでもない努力が必要だ」
「お前の長所は何だ?」
「……自分では、わかりません」
ヴァスケスはその答えを予想していたように答える。
「お前の長所は、その『まっすぐさ』と『敏捷性』だとオレは思っている」
「まっすぐさと敏捷性」
ヴァスケスは大きく頷く。
「まずは長所を伸ばせ。もちろん、協力してやる……」
そしていつもの表情に戻る。
「オレの訓練は厳しいぞ」
「はい。望むところです」
「よく言った。一度吐いた言葉は戻らねえからな。覚悟しておけ」
「はい」
「ニコ」
「はい」
「夕べは良くやった。お前がいなければ馬達が犠牲になっていた。誇っていいぞ」
「ヴァスケス班長」
「行け。アイツらが見てるぞ」
ニコが振り返ると、アグネスとフロムが心配そうにこっちを見ていた。
「訓練のメニューを考えておく。今は休め」
「はい。ありがとうございます」
ニコはヴァスケスにもう一度頭を下げると、アグネスたちの元に向かって走って行った。




