第8話 白銀の王女
離宮内にも『謁見の間』が設えてある。
王宮の謁見の間とは趣が異なり、白と銀をベースとした女性らしい部屋の意匠になっている。
深い灰色の絨毯には複雑な幾何学模様が織り込まれている。
天井には幾何学的な彫刻が施されており、シャンデリアの明かりを浴びて、複雑な陰影を醸し出していた。
壁には銀の燭台が等間隔に配置され、香りを練り込んだ蝋燭が仄かに明かりを灯している。
甘すぎず、どこか澄んだ香り。
静かな空気の中に、女性王族たちの気品と格式が染み込んでいるようだった。
その謁見の間の扉が女官たちによって開かれ、ヴァルキュリア騎士団が入場してきた。
先頭にはアレクシア団長、その横にはヒルデガルド副団長。
その後ろには、今年新入団した20名の新人騎士たちが礼装に身を纏って並んでいる。
礼装とはいえ、それはただの華美な衣装ではない。
白銀の装飾が施された濃紺の礼服。
肩や腰回りには、戦装束としての名残を感じさせる細かな補強具が組み込まれている。
“王家を守る騎士”としての威厳を示す装いだった。
先頭はアグネスとフロム。
ニコは最後尾で、隣には久しぶりに会ったサマンサが並んでいる。
「(……王宮とはまた異なった荘厳さだね)」
思わず小声が漏れる。
「(ニコ、お喋りは駄目ですよ)」
サマンサが小声で注意する。
「(ご、ごめん)」
ニコは慌てて背筋を伸ばした。
だが、その青い瞳は落ち着きなく周囲を見回してしまう。
王宮とも違う。
騎士団本部とも違う。
ここは、“王族の私的空間”なのだ。
そう思うだけで、不思議な緊張感が胸の中へ広がっていく。
「全員、二列横帯に並べっ!!」
アレクシア団長の掛け声で、全員が横2列に並び変える。
「全員、休め」
ザザッ
肩幅に足を開き、両手を後ろに回す。
流石に誰もしゃべらない。
先程までの微かな衣擦れの音すら消え、静寂が室内を覆う。
ニコは無意識に喉を鳴らした。
やがて後ろで扉が閉まる音がする。
重厚な音だった。
まるで外界から切り離されたような感覚。
侍従長と思われる年配の女性が前方から現れ、壁際に移動する。
その動きには一切の無駄が無い。
そしてヴァルキュリア騎士団を一瞥すると、大きく息を吸い込む。
「王女殿下のおなりであるっ!!」
ザザッ
騎士団の全員が片膝をついて首を下げる。
ニコも必死に周囲へ合わせる。
床へ視線を落とした瞬間、自分の鼓動が妙に大きく聞こえた。
前方から少しずつ、衣擦れの音が聞こえてくる。
静かで。
だが、不思議と存在感のある音。
そしてその音は、一段高くなった場所へと移動する。
再び、静寂が訪れる。
「頭を上げよ」
凛とした声が響く。
誰も微動だにしない。
「頭を上げよ」
2回目の言葉で、全員が顔を上げる。
そして全員が息をのむ。
そこには真っ白なドレス姿の王女殿下がいた。
ただ、その姿は、王妃陛下と同じように、細い銀の鎖が幾筋にも編み込まれた戦装束。
頭にも兜を模した王冠が冠られていた。
純白。
だが、ただ美しいだけではない。
その姿には、“守られる存在”ではなく、“王家を背負う者”としての威厳があった。
ニコは思わず目を見開く。
「(……あの時の姫様と……同じ人?)」
離宮で抱き着いてきた少女の姿が、一瞬頭を過る。
だが、今目の前にいるのは、間違いなく“王族”だった。
空気そのものが違う。
「貴殿たちの王家に対する忠誠。フラウセリア・アルデリオン、喜ばしく思う」
静かな声だった。
だが、その声は不思議と謁見の間全体へ染み渡っていく。
「母である王妃陛下から剣を授かった者たちよ。貴殿たちの筆舌に尽くしがたい努力を、わたくしは知っている」
王女の銀色の瞳が、騎士たち一人一人を見つめる。
「雨の日も、風の日も、貴殿たちが鍛錬に勤しんでいた事をわたくしは知っている」
その言葉に、何人かの新人騎士が僅かに表情を引き締める。
新人たちにとって、その言葉は何よりの誇りだった。
「その研鑽の成果を、王家に捧げて欲しい」
「今後も忠誠に励むが良い」
「「「「忠誠を尽くします」」」」
全員が一斉に返事をする。
張り詰めた声が、謁見の間に響いた。
その声に、王女フラウセリアは満足そうに頷く。
そして――。
ほんの一瞬だけ。
王女の視線が、最後尾のニコへ向けられた。
「ひぇっ」
ニコは心の中だけで悲鳴を上げる。
だが、王女はすぐに視線を外した。
「アレクシア団長」
「はっ」
「別室に歓待の場を設けています。楽しみなさい」
「は、ありがたきご配慮。痛み入ります」
王女フラウセリアは再び満足そうに頷く。
そして視線を侍従長に向ける。
「王女殿下、御退出っ!!」
侍従長の声が響き、騎士たちは全員頭を下げる。
そして王女は現れて時とは逆に、衣擦れの音を連れながら静かに立ち去って行った。
やがて、扉が静かに閉じる。
その瞬間。
張り詰めていた空気が、ようやく少しだけ緩んだのだった。
◆
激励会が終わり、参加者は別室に案内される。
そこには立食形式ではあるが、豪華は食事が用意されていた。
「うわあああ」
先程までの緊張から解放されたのと、やはり若い女性とはいえ、身体を使う仕事柄、食欲には敵わない。
侍従長が頷くのを確認して、アレクシアが声を上げる。
「王女殿下からの歓待だ。楽しみなさい」
「わああああっ!!」
新人騎士たちが一斉に料理に群がる。
ニコも目を付けていたお肉のコーナーへ。
勿論隣にはアグネスと、フロムがいた。
「えへへ。最初からこれにしようと思ってたんだ」
「ニコはそういう所があるよね」
「食い物への直感は凄いよな」
「それ褒めてないからね」
そう言いながらも顔が綻ぶ。
皿にステーキのように焼かれた肉を乗せ、凝ったソースをかける。
「(シャンピニオンソースみたいだ……美味しそう)」
「いただきます」
肉にフォークを突き刺して、口の中へ放り込む。
肉汁とソースが相まって、極上の感覚が口中に広がる。
「(美味しい……霜降りとは違うけど、これはこれでアリね)」
幸せそうに食べるニコを、アグネスとフロムが見つめる。
「しかし、本当にうまそうに食べるよね、ニコは」
「ああ、一種の才能だよな」
「いいじゃない。美味しいものは美味しく食べなきゃ」
「そうですよねー。今回のお肉は結構自信あるんですよ」
その声の方向に首を向ける。
ごくん。
思わず肉を飲み込んでしまう。
「料理長に頼んで、玉ねぎのソースも凝ったものにしたんですよ」
「……王女殿下……」
そこには先ほどの白いドレス姿ではなく、ヴァルキュリア騎士団の礼服を模した服を着たフラウセリア・アルデリオン王女の姿があった。
「えへへ。楽しんでいただけてますか」
「……は、はい」
ニコがやっとの思いで答える。
アグネスとフロムは背後で直立不動の姿勢を取っている。
「そんなに畏まらなくて大丈夫ですよ。儀式は終わりましたし……『無礼講』でしたっけ」
王女は顎に人差し指をあてて、こてんと首を傾げる。
「……殿下……なぜ、この場所に」
「えー、だって、皆さんとお話したかったんですよ。さっきは全然お話しできる雰囲気じゃなかったし」
「……殿下……その、大丈夫なんでしょうか?」
「なにがです」
「いえ、このような場にいらして……もしもの事があれば」
「こんなにヴァルキュリアの方々がいらっしゃるのに?」
王女はニコの目をじっと見つめる。
「ねえ、貴女のお名前を教えて」
「……ニコレット・フォン・アスターハイム……です」
「近衛騎士団にアスターハイム卿という方がいらっしゃった気がしますが……」
「父です。近衛騎士団で小隊長を拝命しております」
「まあ、親子で王家に忠誠を尽くしてくださっているのね。……感謝を」
「もったいなきお言葉……」
ニコが頭を下げた時だった。
「ねえ、ニコレット。わたくしも皆さんと同じように『ニコ』と呼んでも良いかしら」
突然の言葉にニコの目が泳ぐ。
「……ダメ?」
「いえ、駄目ではありません。どうぞ『ニコ』とお呼びください」
「では、わたくしの事は『フラウ』と……」
「無理です。王女殿下」
「むうっ」
「どうしても?」
「どうしても……です」
「むうっ」
フラウは頬を膨らませる。
しかし、ニコの決意が固そうだと分かると、穏やかな笑みを浮かべる。
その時、王女の自由行動に気付いた侍従長が慌てて近づいてくるのが見えた。
「あら、もう気づかれてしまいました」
そう言いながらも、王女は全く気にしていない素振りでニコに話し掛ける。
「今はいいです。『ニコ』。これからよろしくね」
そう言って王女殿下は静かに会場から立ち去っていく。
会場の皆は王女が此処にいたことも気づいていないようだ。
「「「はあぁ」」」
三人が一斉にため息を吐く。
「びっくりした……殿下がこんな場所に居るとは思わなかったよ」
「……ニコはやっぱり厄介の種だな」
「ひどっ」
しかし、厄介の種は見事に発芽し、大輪の花を咲かせることをニコはまだ知らなかった。




