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第7話 姫君が見つけた騎士

 

「王家より、王女によるヴァルキュリア騎士団の新人たちへの激励会を実施せよ……との通達が来た」


 アレクシアが机の上に置かれた書簡を見ながら、静かに告げる。

 その声音は落ち着いていたが、僅かに困惑が滲んでいた。


「なぜ?」

 ヒルデガルドが即座に聞き返す。


 当然の疑問だった。

 王族による激励会自体は前例が無い訳ではない。

 だが、それは大規模な戦功を立てた部隊や、長年勤め上げた騎士団に対して行われるものだ。

 入団したばかりの新人だけを対象にしたものなど、聞いた事が無かった。


「わたしにもさっぱりだが……ジェシカ、何があった?」


 視線を向けられたジェシカの肩が僅かに揺れる。


「……」


 流石のジェシカも、即答できなかった。

 確かに話をまとめたのは自分だ。


 だが、あれはあくまで“場を収める為”の方便に近い提案だった。

 まさか本当に王家が動くとは思わなかったのである。


 しかも、翌日には正式通達。

 異常な速度だった。


 ジェシカは一歩前へ出ると、静かに頭を下げた。


「申し訳ありません。報告が遅れました」


 ◆


「そんな事があったのか……ならば、もっと早く報告しろ」


 ヒルデガルドが深く溜息を吐く。

 叱責ではあるが、怒鳴るような口調ではない。

 むしろ、“頭痛の種が増えた”という響きに近かった。


「すいません。昨日の今日で王家が動くとは想定しておりませんでした。ニコたちに事情聴取を行ってから報告するつもりでした」

「確かにこの意思決定の速さは異常ね……誰が動いたのかしら」


 アレクシアが指先で机を軽く叩きながら呟く。


「おそらく王女殿下かと……」

「フラウセリア様が?」

「はい。何故かニコをえらく気に入っている様子で……ニコ自身は心当たりが無いと言っているんですが……それで事情聴取を……と」


 ヒルデガルドが眉を寄せる。


「ニコに、か……」


 あの問題児を思い浮かべているのだろう。

 アレクシアは腕を組み、静かに目を閉じる。


「ジェシカの推測は当たっているわ。以前から王女殿下には非凡なものを感じさせる何かがあったもの」

「非凡……ですか?」

「ええ。周囲が敷いた道を歩く方ではない、という意味よ」


 アレクシアは薄く笑う。


「……だからこそ、ニコのような子に興味を持ったとしても不思議ではないわね」


 ジェシカは思わず心の中で同意した。

 確かにニコは騒がしい。

 問題も起こす。


 だが、不思議と人を惹きつける何かがある。

 それは王女であっても例外ではなかったのかもしれない。


「とにかく、『激励会』を設定し、新人たちを参加させる段取りを付けましょう」

「「はい」」


 ヒルデガルドとジェシカの声が重なる。


「(まったく……アイツが来てからこんな事ばっかりだな……)」


 誰かの心の呟きが空気となって消えていった。


 ◆


 夕食後から就寝時間までの自由時間。

 ニコ、フロム、アグネスは相部屋の中でお喋りに興じていた。


 部屋の中には、夜用のランプの柔らかな光が広がっている。

 訓練と任務で疲れ切った騎士候補生たちにとって、この時間は数少ない安らぎだった。


「ニコ……お前本当に王女殿下と面識が無かったのか?」


 フロムがベッドに腰掛けたまま、疑いの目を向けてくる。


「しらないよー。あの時が初対面だよ。逆に何で王女殿下があたしを知ってるの!?なんであんなに好意的なのっ!?怖いよっ!!」

「お前、それ不敬だからな……聞かなかったことにしてやる」

「あうー」


 ニコはベッドへ突っ伏す。

 黙って二人のやり取りを聞いていたアグネスが、くすりと笑った。


「まあ、何れにしても王女殿下と謁見できるんだ。喜ばないとな。それに、そのきっかけを作ってくれたニコに感謝だ」

「えー……」

「普通なら、一生縁が無いからな。王族との私的な会話なんて」


 その言葉に、ニコが少しだけ真顔になる。


「あ……そっか」

「まあ、激励会は礼服だそうだ。良かったなドレスじゃなくて」


 フロムがシニカルな口調で言う。


「なんだか、最近弄られキャラになってる気がする」

「いじられきゃら……なんだそれ?」

「またニコの不思議言葉だろ。よく考えつくよね」

「あうー」


 二人に挟まれて、ニコが情けない声を上げる。

 だが、その表情はどこか嬉しそうだった。

 娘三人の姦しい夜は、まだ続くのだった。


 ◆


「……で、結局その“激励会”って、何をするんだ?」


 ベッドの上で胡坐をかきながら、フロムがぼそりと呟く。


「知らないよぉ……」


 ニコは枕を抱えたまま、ぐったりしていた。


「王女殿下とお茶会じゃないのか?」


 アグネスはどこか楽しそうだ。


「お茶会って言っても、王族相手だよ!? 絶対変な作法とかあるって!! あたし絶対やらかすって!!」

「もうやらかしてるだろ」

「フロムっ!!」


 フロムは肩を竦める。


「でも実際、姫様がお前に抱きついた件は、もう団内で噂になってるぞ」

「えっ!?」

「『王女殿下に気に入られた新人』って」

「やめてぇぇぇ!!」


 ニコはベッドへ突っ伏した。


「うわぁ……絶対目立ってる……」

「実際目立ってるからな」

「ううう……地味に生きたい……」

「無理だろ」

「無理だな」

「なんで二人とも即答なのっ!?」


 アグネスが苦笑する。


「まあ、でも悪い話ではない。王女殿下に顔を覚えられるなんて、本来なら一生ない者も多い」

「それは……そうかもしれないけど」


 ニコはもぞもぞと起き上がる。


「でもさ……」


 少しだけ真面目な顔になる。


「なんか、変なんだよね」

「何が?」


 フロムが視線を向ける。


「王女殿下。初対面なのに、あたしを見る目が……なんていうか……」


 ニコは言葉を探す。


「やっと見つけた、みたいな顔してた」


 部屋が少し静かになった。

 アグネスとフロムが顔を見合わせる。


「……考えすぎじゃないか?」


 アグネスが言う。


「そうかもしれないけど……」


 ニコは自分の胸元を押さえる。


「あの時、すごく嬉しそうだったんだ」


 フロムは少し考え込んでから、ぽつりと呟く。


「案外、離宮って退屈なのかもな」

「退屈?」

「王族って、自由に外へ出られないだろ。友達だって簡単には作れない。だから、たまたまお前みたいなのを見つけて興味を持ったとか」

「“お前みたいなの”って何!?」

「騒がしくて、変なことばっかりして、毎回問題起こす新人」

「酷いっ!!」


 だが、アグネスは少し納得したように頷く。


「……あり得る話だな。特にヴァルキュリア騎士団は、王女殿下から見れば憧れの存在だろうし」

「憧れ?」

「女性だけで編成された王宮騎士団だぞ? 強くて、華やかで、王族を守る存在だ。幼い頃から見ていれば、憧れても不思議じゃない」

「へぇ……」


 ニコは少しだけ嬉しそうに笑う。


「だったら、ちょっと嬉しいかも」

「単純だな」

「単純だね」

「また二人でいじめるー!!」


 三人の笑い声が部屋に広がる。

 その時だった。


 コンコン。


 部屋の扉がノックされる。


「失礼する」


 入ってきたのはジェシカだった。

 三人は慌てて姿勢を正す。


「楽しんでいるところ悪いが、通達だ」


 ジェシカは一枚の紙を軽く振る。


「激励会の日程が決まった。三日後だ」

「は、はいっ!!」

「礼法担当の侍女が明日から来る。最低限の作法は頭に叩き込め」


 その瞬間。

 ニコの顔が引き攣った。


「えっ」

「当然だろう。王女殿下主催だぞ」

「……終わった……」


 ニコはそのままベッドへ崩れ落ちた。


「なんで?」

「今度は何だ」

「あたし、王宮マナーとか知らない……」


 フロムとアグネスが同時に天井を仰ぐ。

 ジェシカは額を押さえながら、小さく溜息を吐いた。


「……やはり、お前から問題を起こす未来しか見えんな」

「そんな断定しないでくださいよぉぉぉ!!」


 ニコの悲鳴が、今日もヴァルキュリア騎士団の女子寮に響き渡るのだった。


 

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