第10話 王宮内抜剣未遂
第10話 王宮内抜剣未遂
「何の騒ぎだっ」
鋭い声が廊下に響く。
先頭に居たのはダニエルだった。
磨き上げられた近衛騎士団の制服。
真っ直ぐに伸びた背筋。
その姿が現れた瞬間、周囲の近衛騎士たちの空気が一気に引き締まる。
手首が折れて呻いている騎士を庇いながら、もう一人の騎士が答える。
「そのメイドがやったんだっ!!」
「だから、オレは助けてやったんだって。あと、メイドじゃねえ。ヴァルキュリア騎士団のヴァスケス様だ」
ヴァスケスは革筒を肩に担いだまま、不機嫌そうに鼻を鳴らす。
「ヴァルキュリア……」
その名前を聞いた途端、室内の温度が急激に下がった気がする。
ダニエルの視線がヴァスケスへ向く。
その目に一瞬だけ警戒の色が浮かんだ。
「お前んとこの若い奴が、剣を抜こうとしたから止めたんだ……近衛騎士団は王宮内で剣を抜く事が何を意味するか教えてないみたいだな」
「くっ……」
ダニエルは振り向いて若い騎士を睨む。
「ヴァスケス殿の言っている事は……本当か」
「そ、それは、そこの女官が我々を愚弄することを言ったからで……」
「……彼女は武器を持っていたのか」
「……いえ……」
「武器も持たない女官一人に……剣を抜こうとしたのかっ、此処でっ!!」
ダニエルの剣幕に、若い騎士は下を向いてしまう。
周囲の近衛騎士たちも顔色を変えていた。
王宮内での抜剣未遂。
それがどれほど重大な意味を持つか、彼らは理解している。
「分かってくれたようで良かった。まあ、今回は身内のじゃれ合いという事で……」
ヴァスケスが肩を竦める。
「済む訳あるかっ!!」
バシンッ、と乾いた音が響く。
コリーナがヴァスケスの頭を叩いたのだ。
「いてぇっ!!」
「大問題だ。すぐに団長へ報告しろ。お前たちもだっ!!」
コリーナはダニエルを指さして指示する。
「この問題は我々だけで解決できるレベルを超えている。団長同士で話を付けてもらう必要がある」
「そんな大げさな……」
「大げさじゃないっ!! 王宮で剣を抜こうとしたんだぞっ、お前も相手を怪我させただろうがっ!!」
コリーナのあまりの剣幕に、誰も口を挟めない。
ヴァスケスですら、気まずそうに視線を逸らしている。
ニコはようやく、自分がとんでもない事態に巻き込まれている事を理解し始めていた。
「(えっ……そんなにヤバかったの?)」
背筋に冷たいものが走る。
ダニエルは深く息を吐くと、姿勢を正した。
「……了解した。近衛騎士団団長へ報告する」
その声は苦々しかった。
だが、感情だけで動いてはいない。
近衛騎士団として、正式に処理する覚悟を決めた声だった。
その時、不意にダニエルの視線がニコへ向く。
「……お前」
「え?」
「以前、入団試験で会ったな」
ニコが目を瞬かせる。
「あっ……あの時の」
馬にも乗れず、泥だらけになっていた新人。
ダニエルの記憶に残っていたのは、その程度だった。
だが今、目の前にいる少女は違う。
ドレス姿で王宮に立ち、近衛相手に一歩も引かなかった。
しかも原因の半分くらいはその口だ。
「……随分と騒がしい騎士になったようだな」
「そっちこそ、相変わらず堅苦しいね」
アグネスが頭を抱えた。
「ニコ、お願いだから黙って」
「なんでっ!?」
ダニエルの口元が、ほんの僅かに歪む。
笑ったのか、呆れたのか、自分でも分かっていないような表情だった。
「この件に関係する者たちは、その室内で待機。ダニエル殿はすぐに近衛騎士団団長へ報告しろ」
「それ以外の者は解散しろ!!」
コリーナの号令で、周囲が慌ただしく動き始める。
近衛騎士たちは負傷者を支えながら去っていく。
ヴァスケスは革筒を肩に担ぎ直しながら、小さく鼻を鳴らした。
「ったく、朝から面倒事ばっか増やしやがって」
「お前が言うな」
コリーナが即座に返す。
唖然とするニコは、アグネスたちに引っ張られて、待機部屋へと移動したのだった。




