表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/8

第2話 転生先でも社畜とか聞いてない

時は半年ほど前に戻る。


「ニコッ! 姿勢が崩れているぞっ、シャンとしろっ!!」


耳元で大きな声で叱責された。

その瞬間だった。


脳が破裂するんじゃないかと思うほどの何かが流れ込んできた。

なんとも形容しがたい、自分ではない何かの膨大な情報、記憶、経験。


眩しい光。

人混み。

鉄の箱みたいな乗り物。

見たこともないほど高い建物。

夜でも煌々と輝く街。


処理しきれない。

頭が熱い。

自分が誰なのかすら分からなくなりそうな感覚。


まるで、自分の中にもう一人の人生が入り込んできたようだった。


ニコはそのまま意識を失い、硬い地面へ倒れ込んだ。


   ◆


ふと目が覚める。


「……また会社か……行きたくないな……」


寝起きの第一声。

次第に視界がはっきりしてくる。


「あれ……此処は」


目に映るのは、知っている天井。

薄いクリーム色の天蓋。

壁に掛けられた家紋入りのタペストリー。


ニコの自室だった。

窓から差し込む夕日が、ぼんやりと部屋を赤く染めている。


「お嬢様っ! 気が付かれましたか!?」


慌てた声。

侍女のマリアが、泣きそうな顔でベッド脇に駆け寄ってきた。


「試験中に突然倒れられたんですよ!? お医者様も呼んで――」

「……大丈夫」


喉が妙に乾いていた。

身体は重い。

けれど、それ以上に頭の中が混乱していた。


ヴァルキュリア騎士団の入団試験。

その試験の最中に、突然襲い掛かってきた謎の記憶や情報の波。


この記憶の持ち主の名前も思い出せない。

けれど、幾つか鮮明に覚えているものがある。


そこでの私は、給料日と長期連休だけが楽しみな、ごく普通のOLだった。

毎日、通勤電車に揺られ、会社で仕事をする。

上司に頭を下げ、取引先に気を遣い、失敗しないよう神経をすり減らす。

仕事が終われば自宅に帰る。

その繰り返し。


別に不幸ではなかった。

でも。

胸を張って「幸せだった」と言えるほどでもなかった。


「……社畜ってやつ?」


ぽつりと零れた言葉に、マリアが首を傾げる。


「しゃ、しゃちく……ですか?」

「あー……なんでもない」


ニコは額を押さえながら小さく息を吐く。


ニコレット・フォン・アスターハイム。


それが今の自分の名前だ。

年齢は十八。

つい先日、王立学園を普通の成績で卒業した、こちらも平均的な貴族の子女だった。


「(貴族に生まれ変わったのだから、勝ち組だと思ったのに……)」


アスターハイム家は、代々王家に仕える騎士を輩出している家系だ。

現当主である父親も、近衛騎士団で小隊長をしている。


幼い頃から言われ続けてきた。

アスターハイムの娘として恥じぬ生き方をしろ。

騎士として王家に尽くせ。

誇りを忘れるな。


けれど。


「でも……何か違う……」


ニコは天井を見上げる。

ふと、前世の記憶が過る。


終電帰りのサラリーマン。

疲れ切った顔。

上司に怒鳴られても頭を下げるだけの大人たち。


そして。

今世の父親。


王家への忠誠を誇りにしているはずなのに、毎日くたびれた顔で帰宅する男。

上からは命令され、身分の高い部下には気を遣い、それでも文句一つ言わず働いている。


「……前と変わらないじゃん」


思わず漏れた本音。

貴族だろうが騎士だろうが。

結局。

偉い誰かのために働いて、頭を下げて、文句を飲み込んで生きている。

それのどこが勝ち組なのだろう。


コンコン。

その時、部屋の扉がノックされた。


低く落ち着いた男の声が響く。

「入るぞ」


父だった。

近衛騎士団の紺色の制服姿。

疲れた顔をしているのに、背筋だけは妙に真っ直ぐだった。


「……体調はどうだ」

「別に」


素っ気なく返す。

父は少し眉をひそめる。


「試験中に倒れるとは何事だ。ヴァルキュリア騎士団は遊びでは――」


そこまで聞いた瞬間。

ニコの中で何かが切れた。


「ねえ、父様」

「なんだ」

「そんな人生、楽しいの?」


部屋の空気が凍りつく。

マリアが息を呑んだ。

父もまた、押し黙る。

ニコ自身、自分でも驚いていた。

けれど止まらなかった。


「毎日怒鳴られて、頭下げて、王家のため王家のためって……」

「それで最後に残るの、誇りだけ?」


父の表情が僅かに険しくなる。

だが……怒鳴り返してはこなかった。

ただ静かに、疲れた目でニコを見つめている。


その視線が逆に胸に刺さった。

まるで、今の言葉を、自分自身にも向けられているみたいで。


半年後、あの舞踏会で血塗れになるとは、この時はまだ知らなかった



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ