第3話 何もせず終わるのは嫌だった
王国には四つの騎士団がある。
父が所属する近衛騎士団。
王都を守る第一騎士団。
辺境を担当する第二騎士団。
そして――女だけで構成されたヴァルキュリア騎士団。
その成り立ちは古い。
かつて王妃暗殺未遂事件が起きた際、男性騎士では王族女性の私室警護に限界があるとして創設されたと聞く。
以来、離宮警護、王女教育の護衛、外国王族の接待警護まで担う、特殊な騎士団となった。
華やかな印象を持たれやすい。
だが実際は違う。
求められるのは礼儀作法だけではない。
剣術。
馬術。
護衛術。
近接戦闘。
時には王女の影として汚れ仕事すら請け負う。
そんな話を、ニコは幼い頃から何度も聞かされてきた。
そして今。
ニコはそのヴァルキュリア騎士団の入団試験を受験中だったのだ。
「でも試験途中で倒れちゃったからな……不合格確定だよね」
ニコはベッドの上で仰向けになる。
天蓋をぼんやり眺めながら、深く息を吐いた。
「まあ、騎士になりたかった訳でも無いし……」
むしろ避けたかった。
毎日訓練して。
怒鳴られて。
上下関係に気を遣って。
前世と何が違うのだろう。
「そうすると政略結婚か……最悪、修道院行きだよね……」
脳裏に浮かぶのは、近隣貴族の次男坊たちの顔。
偉そう。
自信満々。
女性をアクセサリーみたいに扱う連中。
「どっちも嫌だな……」
ニコは枕へ顔を埋める。
「貴族の令嬢ってもっと勝ち組だと思ったけど……全然自由じゃないじゃん」
その時だった。
コンコン。
部屋の扉が叩かれる。
「ニコレット嬢、お休みの所失礼する」
低くよく通る声。
ニコは慌てて起き上がる。
入ってきたのは、騎士の礼服を着た女性だった。
白銀の短髪。
切れ長の目。
腰に佩いた細剣。
一歩部屋へ入っただけで空気が引き締まる。
「私はコリーナ・ヴァレンハルト。ヴァルキュリア騎士団で小隊長をしている」
「……は、はい」
思わず背筋が伸びる。
父とはまた違う、軍人特有の圧力だった。
「試験中に倒れたと聞いたが、体調の方はどうか?」
「あ、はい。今は大丈夫です……お騒がせしてすいませんでした」
ニコはぺこりと頭を下げる。
コリーナはじっとニコを見る。
まるで値踏みするみたいに。
「うむ。体調の管理も騎士にとって重要な仕事だからな」
「は、はい……」
その視線が妙に居心地悪い。
全部見透かされている気がした。
やる気がないことも。
逃げ腰なことも。
「それでニコレット嬢。我が騎士団への入団試験を継続する意思はあるか?」
「……え?」
ニコは目を瞬かせる。
不合格を言い渡されると思っていた。
「このまま試験を終了するのも構わない」
コリーナは淡々と続ける。
「だが、このような状態のまま不合格になるのも不本意だろうと思ってな。ニコレット嬢の意思を確認しに来た」
そう言ってコリーナは一瞬だけ、父親の方を見る。
父は腕を組んだまま黙っていた。
「試験を継続する意思があるなら、明日同じ時間に騎士団に来ること。今日は十分に休養を取るが良い」
コリーナはそう言うと、さっさと踵を返す。
そして扉の前で立ち止まり、父へ敬礼した。
父も静かに答礼する。
そのままコリーナは部屋を出ていった。
扉が閉まる。
しばし沈黙。
「父上……」
ニコが呼びかける。
父は窓の外を見たまま答えた。
「お前の好きにするがいい」
短い言葉だった。
けれど……そこには以前のような「騎士になれ」という圧力はなかった。
父親なりに、何か思うところがあったのかもしれない。
そう考えると、逆に調子が狂う。
父親はそう言うと、ニコの部屋を後にした。
再び静寂が戻る。
体を動かしたときの衣擦れの音だけがやけに大きく聞こえた。
ニコはベッドへ転がる。
「……どうしよっかな」
騎士になりたい訳じゃない。
誇りだの忠誠だのにも興味はない。
でも……。
脳裏に、試験場の光景が浮かぶ。
真剣な顔で剣を振るう候補生たち。
泥だらけになっても食らいつく少女たち。
そして。
倒れる直前に見た、誰より真っ直ぐな目。
「……なんか、悔しいんだよね」
自分でも理由は分からなかった。
ただ……何もやらずに終わるのは、もっと嫌だった。




