第1話 血染めの舞踏会
王宮の舞踏会場は、完璧な笑顔で満たされていた。
――その裏で、この国はすでに反乱に飲まれている。
そして今、王女の喉元に短剣が振り下ろされた。
巨大なシャンデリアが輝く舞踏会の会場。
磨き上げられた大理石の床。
色鮮やかなドレスと軍装。
王家主催による、近隣各国の使節を歓迎する為の舞踏会。
優雅な音楽が流れ、貴族たちが笑みを交わす。
だが、その華やかな空気の裏側では、王都各地で反乱が始まっていた。
近衛騎士団は王宮各門の制圧対応。
第1騎士団は市街地の暴徒鎮圧。
第2騎士団は城壁外周の防衛へ。
そのため、本来なら王族警護の要であるヴァルキュリア騎士団も、人員を分散せざるを得なかった。
この会場に残された護衛は僅か。
それでも舞踏会は続けられている。
国王は笑みを崩さない。
――王家は乱に屈していない。
その姿勢を、各国へ示すために。
ヴァルキュリア騎士団員のニコは会場の壁際で周囲を警戒していた。
純白のドレス。
だがその内側。
太腿には、祖母から贈られた白銀の懐剣が隠されている。
「(嫌な空気……)」
胸騒ぎが消えない。
視線を巡らせる。
貴族。
外交官。
給仕。
楽団。
誰もが笑っている。
――笑い過ぎている。
その時だった。
会場中央。
黒い軍服を身に纏った麗人と王女殿下が躍っている。
男装の麗人……目元はマスクで隠されている。
背筋は真っ直ぐに伸び、流れるようなステップで王女を導いている。
周囲の令嬢たちが熱っぽい視線を送っていた。
だがニコだけは、その姿に奇妙な違和感を覚えていた。
「(誰……?)」
近衛でもない。
外交使節でもない。
それなのに、あまりにも自然にこの場へ溶け込んでいる。
やがて曲の調べが静かになり、皆の踊りが終焉する。
男性は胸に手を当て、女性はスカートを摘まみ、優雅に礼をする。
麗人と王女殿下も向かい合って優雅に頭を下げる。
ニコは麗人越しに王女殿下を見る。
「(相変わらず隙の無い動き……さすがフラウだわ……)」
その時。
麗人の背中に回した手が、すっと上着を跳ね上げる。
そこに、あってはならないモノがあった。
「(短剣っ!!)」
全身の血が凍る。
左手だけで鞘から短剣が抜かれる。
周囲の人々はまだ曲の終わりの挨拶の最中で、誰も麗人の抜いた短剣に気付かない。
麗人は左手を高々と上げ、目の前に差し出された無防備な王女殿下の首を目がけ、一気に振り下ろそうとしている。
ニコは無意識のうちに足が動いていた。
叫ぶより先に、体が動く。
二人までの距離は2mも無い。
「(間に合えっ!!)」
床を蹴る。
ドレスの裾が翻る。
誰かが何かを叫んでいた。
だが聞こえない。
視界にはフラウしか映っていなかった。
ニコの伸ばした手が王女殿下に触れる。
凶刃はすぐそこまで近づいている。
「(あと一歩っ!!!!)」
左手が王女の肩を押す。
王女の体が弾かれ、床に倒れ込む。
凶刃の動きは止まらない。
王女の首があった場所に、ニコが飛び込む。
次の瞬間。
左の肩口に異物が入り込む、不快な感触。
そして一瞬遅れて激痛が襲い掛かってきた。
「――っ!!」
最初、ニコの体は痛みを理解できなかった。
ただ。
肩口が焼けるように熱い。
ニコの白いドレスの肩口が、真っ赤に染まる。
血飛沫が白布に散る。
遅れて、会場の空気が凍りついた。
ニコはそのまま王女殿下の上に覆いかぶさり、次の攻撃に備える。
「フラウっ!! 下がって!!」
反射的に叫ぶ。
その瞬間だった。
黒衣の麗人が、小さく目を見開く。
驚愕。
そして――躊躇。
ほんの一瞬。
その目が、ニコを見て揺れた。
見覚えのある瞳だった。
「……え?」
ニコの思考が止まる。
だが次の瞬間。
会場の扉が爆発音と共に吹き飛んだ。
悲鳴。
銃声。
怒号。
舞踏会の会場が、血と喧騒の混乱に満ちていった。




