第8話 優雅なる戦装束
「女性騎士ってもっと優雅なものだと思ってた……」
ニコはお腹を摩りながら愚痴をこぼす。
コルセットで締め上げられた腹部が、まだじんわりと痛い。
歩くたびに脇腹が擦れ、金属の感触が服越しに伝わってくる。
「ヴァルキュリア騎士団の女性騎士はまだ良い方だよ。辺境騎士団なんて、男女の区別なんてないからね。さすがに沐浴の時は別だけど」
アグネスがサラッと怖い事を言う。
「うちの方もそんな感じ。男女で遠慮してたら命が守れない」
フロムも物騒な事を言う。
「えぇ……」
ニコは顔を引きつらせた。
三人は今、ドレス姿だ。
襟のついた派手さのないドレス。
淡い白を基調に、裾と袖口には深紅の刺繍が入っている。
ただしスカートは大きく広がり、動けばふわりと布が揺れる。
胸元にはヴァルキュリア騎士団の紋章を模したブローチ。
一見すれば、王城勤めの令嬢にしか見えない。
だが、その内側は違う。
優雅そうに見えるドレスの内側は、クソ重いコルセットでガッチガチだし、首には金属製のチョーカーを巻いている。
それ以外にも太腿に短剣を隠し持っていたり、髪留めも簡易な手甲になる。
そして、ほとんど肌を露出することのないドレス姿は、滅茶苦茶暑かった。
「これで涼しい顔している先輩方って……化け物だね」
ニコはぱたぱたと手で顔を仰ぐ。
額にはうっすら汗が浮いていた。
「ニコッ」
アグネスが小声で窘める。
「王城勤務中は、汗を拭う仕草も最低限」
「うそぉ……」
「顔をしかめるのも駄目」
「えぇぇ……」
「あと、足音を立てない」
「無理だよぉ!」
ニコの悲鳴に、周囲の新人たちから小さな笑いが漏れる。
しかし、その笑いもすぐ止まった。
「そんなんじゃ、一発で警護してる奴って見抜かれるぞっ」
何故かメイド姿のヴァスケスが一喝してくる。
黒と白のクラシカルなメイド服。
頭にはフリル付きのカチューシャ。
しかも妙に似合っているのが腹立たしい。
「ヴァスケス班長……何でメイド姿なんですか?」
空気を読まないニコが、直球で質問する。
周囲の新人たちが一斉に息を呑んだ。
「あっ、ニコそれ聞いちゃ――」
「うるせえっ、何だっていいだろっ、気にすんなっ!!」
ヴァスケスが顔を真っ赤にして怒鳴る。
「いやでも、めちゃくちゃ似合ってますよ?」
「フォローになってねえっ!!」
新人たちが吹き出しそうになる。
しかし誰も笑わない。
笑ったら殺される気がしたからだ。
コリーナが眼鏡を押し上げながら口を開く。
「ヴァスケスは行儀作法が苦手なんだ。ドレスを着て会場に紛れるなんてことは……」
そこまで言って、コリーナはクスクス笑う。
「後で覚えてろっ」
ヴァスケスは大股で部屋から出て行ってしまった。
バタンッ、と扉が乱暴に閉まる。
その瞬間、実習室の空気が一気に緩んだ。
「……ヴァスケス班長、あれ絶対怒ってるよね」
「絶対怒ってる」
「後で訓練増えるかも」
「やだぁ……」
ニコが青ざめる。
だがコリーナはすぐ真顔に戻った。
「ドレスを着用して警護にあたれる者は、騎士団の中でも極僅かだ」
その声に、場の空気が引き締まる。
「ヴァスケスのような実力者でさえ、行儀作法や王宮内の慣例、言葉遣い、全てに及第点を取らなければ、ドレスでの警護は出来ない。それを忘れるな」
新人たちの表情から笑みが消える。
ドレス警護は華やかな仕事ではない。
王族の傍へ立つ資格。
それを得る為の、厳しい選抜なのだ。
「王城では、お前たちの一つ一つの動作が“騎士団の品格”として見られる」
コリーナは静かに続ける。
「剣術だけでは王族は守れない。立ち振る舞いも、言葉も、沈黙すら武器になる」
ニコは思わず自分の姿を見下ろした。
重いコルセット。
隠された短剣。
汗ばむ首元。
華やかなドレスの裏側には、騎士としての覚悟が詰め込まれている。
「はい」
今度の返事は、誰一人ふざけていなかった。
◆
「姫様。近々ヴァルキュリア騎士団の騎士たちが、王宮内で警護の訓練を始めるそうですよ」
専任メイドのエステルが、フラウの髪を梳きながら場内で集めた噂話を披露する。
朝の日差しが大きな窓から差し込み、部屋の中を柔らかく照らしていた。
王女の私室は淡い白と金を基調とした落ち着いた空間で、窓辺には季節の花が飾られている。
鏡台の前に座るフラウは、ふわりと肩へ流れる金髪を揺らしながら振り返った。
「本当?」
「はい。訓練は全員参加だそうですが、実際に王族警護にあたるものはごくわずかと聞いております」
「ごくわずか……」
フラウは小さく呟く。
王族警護班。
それはヴァルキュリア騎士団の中でも、限られた騎士だけが許される役目だ。
剣の技量だけではなく、礼儀作法、王宮内の慣例、振る舞い。
全てを身につけた者しか選ばれない。
「厳しいのね」
「王族のすぐ傍へ控える役目ですから」
エステルは静かに答える。
その言葉に、フラウの脳裏へ一人の少女の姿が浮かぶ。
純白と深紅の制服。
真っ直ぐな瞳。
少し不器用で、それでも懸命に前へ進もうとしていた新人騎士。
「(すぐそこまで来てくれたのね……)」
叙任式の日。
剣を受け取った時の、あの震える声を思い出す。
――ありがとうございます。
あの声が、まだ耳に残っていた。
「姫様のお気に入りの騎士が、無事王族警護班に選ばれると良いですね」
エステルがどこか楽しそうに言う。
「ええ」
フラウは頷く。
だが、その声には自然と力が入っていた。
「でも、きっと大丈夫」
「そこまで信頼しておられるのですか?」
「だって、あの子……すごく頑張るもの」
フラウは少し嬉しそうに笑う。
器用ではない。
洗練されてもいない。
それでも、あの新人騎士には不思議と目を引く何かがあった。
転んでも立ち上がる。
出来なくても食らいつく。
そんな姿を、フラウはずっと見ていた。
「(必ず来てね)」
フラウは鏡の中の自分に向かって微笑む。
その笑みは王女としてではなく、一人の少女のものだった。
エステルはそんな主の横顔を見て、そっと微笑む。
「……姫様、本当に楽しそうですね」
「そう見える?」
「はい、とても」
フラウは少しだけ照れたように視線を逸らす。
窓の外では、王城の鐘が静かに鳴り響いていた。




