第7話 ドレスは戦装束
「えー、王城に行くのにドレスを着るのっ!?」
ニコの驚きの声が実習室の中に響く。
今日は来週から始まる「王城内での実務訓練」の為の説明会だ。
実習室には新人騎士たちが整然と並び、机の上には資料や見慣れない装備品が並べられている。
窓から差し込む午後の日差しが、磨かれた床に細長い影を落としていた。
教官はコリーナ・ヴァレンハルト。
入団試験の時にニコの元まで訪ねて来てくれた騎士だ。
銀縁の眼鏡を掛けた彼女は、今日も隙のない姿勢で教壇へ立っている。
「儀典礼の時は正装だが、警護任務の時は基本ドレスになる」
コリーナが静かに答える。
「てっきり制服でやるものだと思ってた」
「でも、ドレスで仕事なんて、ちょっと素敵」
「確かに、おしゃれなドレスで華麗に王族の方々をお守りするなんて……」
新人騎士たちが思い思いに感想を話し合う。
中には少し嬉しそうな表情を浮かべる者もいる。
ニコも頭の中で、煌びやかな夜会の光景を想像していた。
シャンデリア。
音楽。
ドレス姿の王女。
その傍らに立つ自分。
「……ちょっと格好いいかも」
「静粛に」
そんな和やかな雰囲気を、コリーナの一喝が切り裂く。
空気が一瞬で引き締まった。
「喜ぶのはまだ早い。お前たちにはこれを着てもらう」
そう言ってコリーナは女性用のコルセットを持ち上げる。
深紅の布地。
だが、その質感は普通の衣服とは明らかに違っていた。
厚い。
硬い。
そして鈍い金属音がする。
「まずはこれを身に付けろ。説明するより早い。ペアを組んでお互いに助け合え。以上」
コリーナは机の上に積みあがったコルセットを指さす。
皆がそのコルセットへ手を伸ばす。
「重っ!!」
「なにこれっ!?」
「めちゃくちゃ重いんだけどっ!!」
あちこちから悲鳴が上がる。
見た目は華奢な女性用コルセットなのに、持ち上げた瞬間に腕へずしりと重みが掛かった。
ニコも思わず顔を引きつらせる。
「うそでしょ……これ着るの……?」
「静粛にっ!!」
再び、コリーナが一喝する。
「鉄板が仕込んであるからな。これから暫くは訓練時、これを装着して参加しろ」
「鉄板!?」
「そんなの入ってたら苦しくない!?」
「走れる気がしないんだけど……」
新人たちがざわつく。
コリーナはそんな反応を見慣れているのか、淡々と腕を組んだ。
「王城内警護では、ドレス姿で不審者に接近される場合もある。短剣による奇襲も珍しくない」
実習室の空気が静まっていく。
「でもなんで、こんなものを着なきゃいけないんだろ……」
そんなニコの呟きを聞いたのか、コリーナが全員へ話しかける。
「王族の方々をお護りするのだ。身を挺する場合もあるだろう。その時、最低限急所を守る事が出来れば、反撃することができる。王族の方を逃がすことができる。これはその為の武器だ。防具ではない」
その言葉に全員がハッとする。
ドレスを身に纏う事が、決して華やかさの為ではない。
あくまでも女性王族警護のため。
美しく見せるためではなく、“近くに居るため”の装いなのだ。
王族の隣へ立つために。
刃から庇うために。
「……」
ニコは自分の手の中にあるコルセットを見る。
さっきまで“おしゃれな衣装”に見えていた物が、まるで別物に見えた。
重い。
苦しい。
でも、その重さには意味がある。
「理解したら、早く身に付けろ」
「はい」
今度は全員、真剣な表情で返事をする。
◆
「ね、ねえアグネス……これどうやって締めるの?」
「背中側。じっとして」
「うぐぐっ、苦しいっ!!」
ニコが情けない声を上げる。
背中の紐を締め上げられる度に、肋骨が圧迫されて呼吸が浅くなる。
「こんなの着て戦えるの……?」
「慣れるしかない」
アグネスは淡々としている。
隣ではフロムが器用に自分の装備を調整していた。
「姿勢を崩すと余計苦しくなる」
「えっ、なにそれ怖い」
「あと食べ過ぎると死ぬほど苦しい」
「もっと早く言って!?」
昼食をしっかり食べてきたニコが青ざめる。
周囲でも似たような悲鳴が上がっていた。
「苦しいぃ……」
「待って、これ座れる!?」
「背筋伸ばしてっ、背筋っ!!」
実習室のあちこちで悪戦苦闘が続く。
しかしコリーナだけは静かにその様子を見つめていた。
やがて全員がどうにか装着を終える。
その姿はまだぎこちない。
けれど確かに、“王族を護る騎士”へ一歩近づいていた。
その様子を見て、コリーナは満足そうに頷くのだった。




