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第6話 四人部屋の空席

ニコが騎士団に入団して、はや一か月が経過した。

季節は少しずつ移り変わり始め、朝晩の空気にも僅かな涼しさが混じり始めている。


遅れていた訓練内容も、少しずつだが追いついていた。

最初は走るだけで息が上がっていたニコも、今では最後まで隊列についていけるようになっている。


剣術訓練も始まった。

まだ木剣を振る姿はぎこちないが、それでも以前より様になってきていた。


「よし、今日はここまでっ!!」


ヴァスケスの声が練兵場に響く。

新人たちが一斉に息を吐き、その場へ座り込む。


「つ、疲れたぁ……」


ニコはその場に大の字で倒れ込んだ。


「最近は少しマシになったね」


アグネスが水筒を差し出してくる。


「えへへ……そう?」

「最初は十分も走れなかったから」

「うぐっ」


事実なので反論できない。

そんな時の出来事だった。



「えーっ、サマンサ、辞めちゃうのっ!?」

「辞める訳じゃないわよ。部署が変わるの」


サマンサは呆れたように笑う。

部屋の中には、まとめられた荷物が並んでいた。


衣類。

書類。

使い込まれた小物。


四人部屋だった空間が、少しずつ“三人部屋”へ変わろうとしている。


「サマンサ、移動になるの?」

「うん。今日付けで主計局へね」


サマンサは制服の襟を整えながら答える。


「もともと内示はあったんだけどね。基礎訓練だけは全員受ける事になっていたから」


そこで一旦言葉を切ってから続ける。


「だって、あたしも叙任式で正式な騎士になった訳だしね」


そう言ってサマンサは少し誇らしそうに笑う。


ヴァルキュリア騎士団には、戦闘部門以外にも様々な部署が存在する。

補給、財務、文書管理、王城との調整。

主計局は、その中でも特に機密性が高い部署だった。


「でも、部屋まで出て行っちゃうなんて」

「ははは。仕方ないよ。主計局の仕事が仕事だからね。秘匿事項が多いからね。なるべく部外者と接触しないようになってるんだ」

「そうなんだ……」


ニコの声が少し小さくなる。

ついこの前まで、四人で騒がしく暮らしていた。


朝起きられなくて怒られたり。

訓練後に全員で倒れ込んだり。

くだらない話で笑ったり。

それが急に終わる。


ニコがサマンサに抱き着く。


「うわっ、ちょ、ニコっ」


そして気づく。

サマンサの体が小さく震えている事に。


「(サマンサも離れたくないって思ってくれている……)」


気丈になんでもない風に振る舞ってくれている友人の事が、嬉しく、そして誇らしかった。


「また会えるでしょ」


サマンサは照れ隠しのように笑う。


「うん……」

「それに、王城勤務だからね。案外その辺歩いてるかもよ?」

「主計局ってそんな気軽なの?」

「気軽じゃないけど」


サマンサが肩を竦める。

そのやり取りに、アグネスとフロムも小さく笑った。


そしてサマンサは荷物を持ち上げる。

扉の前で、一度だけ振り返った。


「じゃあね」

「……うん」

「元気でね、サマンサ」

「そっちも」


そうしてサマンサは新しい部署へと移動していった。

扉が静かに閉まる。


部屋の中が急に静かになった。

四人部屋のサマンサがいた一角だけが、ぽっかりと空間が開いているようだった。



その日の夜。

ニコは何となく落ち着かず、空になったベッドをちらちら見てしまう。


「……静かだね」

「まあ、一人減ったからね」


アグネスは本を読みながら答える。


「そう言えば、サマンサが最後に行ってたOJTってなに」

「おーじぇい……てぃ……、ああ、王城実務訓練の事か」

「何それ?」

「ニコは本当に何も知らないのね」


フロムが呆れ顔だ。


「だ、だって知らないものは知らないし」

「……まあ、ニコだし」


アグネスまで頷く。

ちょっと傷付いた。


「あたしたちの本来の仕事は何?」

「……女性王族の警護?」

「そう。その為には王城の中で王族の方々をお守りする必要があるでしょ」

「うん」

「王城には様々なしきたりや慣例が存在するの。それを知らないで王族の方々の警護は出来ないでしょ」

「なるほど……まさに“OJT”だね」


「時々ニコは訳の分からない事を言うね」


フロムが真顔で言う。


「えっ、通じてない!?」

「だからその“OJT”って何」

「あ……」


ニコは口を閉じた。

ついうっかり、前世の言葉が出てしまった。


「……まあいいや。それより王城って、そんなに厳しいんだ」


ニコは話を誤魔化すように呟く。


「厳しいよ。失敗一つで外交問題になる事もあるから」


アグネスの声が少し真面目になる。


「食事の順番。歩く位置。声を掛けて良いタイミング。全部決まってる」

「うわぁ……」


ニコの顔が引きつる。


「ニコ、多分一日目で怒られるね」

「何でっ!?」

「今の顔」

「ひどいっ!!」


三人の笑い声が、少し静かになった部屋へ広がっていく。

サマンサが抜けた穴はまだ大きい。


それでも、時間は止まらない。

ニコたちは少しずつ、“新人騎士”から先へ進み始めていた。



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