第4話 騎士の朝は早い
騎士団の朝は早い。
新人騎士の朝はもっと早い。
まだ日が昇っていないうちにベッドから抜け出ないといけない。
ニコが一番苦手なヤツだった。
新人騎士団は四人部屋で、ちょうど班編成のメンバーで一部屋にまとめられている。
なので、この部屋の住人は、ニコ、アグネス、フロム、サマンサの四人だ。
窓の外はまだ薄暗い。
冷たい朝の空気が石造りの寮の隙間から入り込み、毛布の温もりを恋しくさせる。
そんな中、アグネスとフロムは迷いなく起き上がった。
「……寒い」
「だからこそ身体を動かすんだ」
フロムは短く答えながら、淡々と訓練着へ着替えていく。
革のベルトを締める音が静かな室内に小さく響いた。
アグネスとフロムは、朝練の為の身支度を終える。
ニコとサマンサは朝に弱いので、まだベッドの中だ。
一応、朝練は自主参加なので、アグネスは一瞬迷ったが、そのまま寝かせておくことにした。
「……起こさなくていいの?」
フロムが小声で尋ねる。
「今日はいいよ。多分、無理やり起こしても歩きながら寝るから」
アグネスが小さく苦笑する。
という訳で、部屋にはニコとサマンサの寝息だけが聞こえていた。
◆
日が昇り始める頃、朝練が終了し、参加していた者たちが一旦部屋に戻ってくる。
廊下の向こうからは、既に先輩騎士たちの足音や話し声が聞こえていた。
訓練を終えた騎士たちの汗と土の匂いが、朝の冷えた空気に混じって流れ込んでくる。
そのころ、楼台の鐘が鳴り、寝坊助組の二人がようやく起き上がる。
「うぅ……」
「あと五分……」
「もう朝食の鐘だぞ」
アグネスが呆れ半分で声を掛ける。
「おはよー、アグネス、フロム。今日も早いねえ……」
ニコが目を擦りながら朝の挨拶をする。
「おはよう。早く支度をしないと朝食に間に合わないぞ」
アグネスが訓練用の服に着替えながらニコに言う。
「うん。いまやる……」
絶対にやらない奴の台詞だった。
案の定、ニコはしばらく布団にしがみつき、サマンサも虚ろな目で天井を見つめている。
「ほら、置いていくぞ」
「待って待ってっ」
慌ただしく身支度を整え、四人は食堂へ向かった。
◆
既に食堂には先輩の騎士たちが食事を開始していた。
焼きたてのパンの香り。
スープの湯気。
金属製の食器が触れ合う音。
しかし新人四人が入った瞬間、何人かの視線がちらりと向けられる。
「随分とゆっくりだな」
早速、ヴァスケスに絡まれる。
「おはようございます。ヴァスケス班長」
「なにが“おはようございます”だ。何で、先輩騎士たちより遅く来ている。お前たち、少し弛んでないか?」
「……」
四人は言い返すことができない。
特にニコとサマンサは、露骨に視線を逸らしていた。
「まあ、いい。この答えは訓練で聞かせてもらうからな」
ヴァスケスはそう言い残して立ち去って行った。
「怒らせちゃったかな……」
「まあね。とにかく食事にしよう。あの分だと、相当扱かれることを覚悟しておかないとね」
アグネスは何事もなかったように食事を開始する。
対照的にニコは、既に食欲を失っていた。
「(騎士って、会社員より過酷だ……当たり前だけど……)」
ニコはパンを小さくちぎって口の中へ放り込む。
だが味がしない。
周囲では先輩騎士たちが平然と談笑している。
それが余計に、自分たちとの差を突きつけてくるようだった。
◆
「走れ、走れっ!! 敵は待ってくれないぞっ!! 止まったら最後だと思えっ!!」
四人は訓練開始からずっと走っている。
しかも背中には重石の入ったリュックを背負っていた。
朝の冷気はとうに消え、汗が制服の下に張り付き始めている。
靴底が地面を叩く音だけが、延々と練兵場へ響いていた。
「練兵場の地面は固いが、全ての戦場がこんなに良い環境では無いぞっ!! ありがたく思いながら走れっ!!」
「はいっ!!」
返事は返る。
だが、時間が経つにつれて声から余裕が消えていく。
フロムは黙々と走り続け、アグネスも歯を食いしばって前を向いていた。
一方でニコとサマンサは、徐々に足取りが重くなっていく。
「はっ……はっ……」
「む、無理……死ぬ……」
「死ぬ前に足を動かせっ!!」
ヴァスケスの怒声が飛ぶ。
結局、この日の訓練は一日中走りっぱなしだった。
訓練の終わりには、さすがのアグネスも、最後は肩で息を吐いていた。
ニコとサマンサは地面に大の字で転がっている。
空は赤く染まり始めていた。
夕暮れの風が汗で濡れた身体を冷やしていく。
しかし、一緒に走っていたヴァスケスは全く息が切れていない。
「よし。この結果がお前たちの朝の答えだな」
ヴァスケスは腕を組みながら四人を見下ろす。
「ニコ、サマンサ。お前たちは当分走り込みのみだ。体力を付けろ。動けなさすぎだ」
「は、はい……」
「アグネスとフロムは明日から剣術を追加する。以上だ」
その言葉に、ニコの胸が小さくざわつく。
自分だけ置いていかれる。
そんな感覚が、じわりと広がった。
「ねえ、アグネス……あたしもアグネスみたいになれるかな……」
「わたしみたいになれるかどうかは分からないけど、今のままじゃきついと思うよ」
「えっ」
アグネスに悪気は無かった。
ただ事実を口にしただけだ。
だからこそ、その言葉は重かった。
唖然とするニコを置いて、アグネスたちが立ち去っていく。
急に心の中に怒りと、悔しさ……そして悲しみが沸き上がる。
置いていかれる。
役に立てない。
騎士になったはずなのに、自分だけがまだそこに届いていない。
「(くそっ……絶対に追いついてやる)」
ニコは拳を握り締める。
夕陽が滲む視界の中で、ニコは自分の気持ちが分からないまま、決意だけを固めるのだった。




