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第4話 騎士の朝は早い

騎士団の朝は早い。

新人騎士の朝はもっと早い。

まだ日が昇っていないうちにベッドから抜け出ないといけない。


ニコが一番苦手なヤツだった。


新人騎士団は四人部屋で、ちょうど班編成のメンバーで一部屋にまとめられている。

なので、この部屋の住人は、ニコ、アグネス、フロム、サマンサの四人だ。


窓の外はまだ薄暗い。

冷たい朝の空気が石造りの寮の隙間から入り込み、毛布の温もりを恋しくさせる。


そんな中、アグネスとフロムは迷いなく起き上がった。


「……寒い」

「だからこそ身体を動かすんだ」


フロムは短く答えながら、淡々と訓練着へ着替えていく。

革のベルトを締める音が静かな室内に小さく響いた。


アグネスとフロムは、朝練の為の身支度を終える。

ニコとサマンサは朝に弱いので、まだベッドの中だ。


一応、朝練は自主参加なので、アグネスは一瞬迷ったが、そのまま寝かせておくことにした。


「……起こさなくていいの?」


フロムが小声で尋ねる。


「今日はいいよ。多分、無理やり起こしても歩きながら寝るから」


アグネスが小さく苦笑する。

という訳で、部屋にはニコとサマンサの寝息だけが聞こえていた。



日が昇り始める頃、朝練が終了し、参加していた者たちが一旦部屋に戻ってくる。

廊下の向こうからは、既に先輩騎士たちの足音や話し声が聞こえていた。

訓練を終えた騎士たちの汗と土の匂いが、朝の冷えた空気に混じって流れ込んでくる。


そのころ、楼台の鐘が鳴り、寝坊助組の二人がようやく起き上がる。


「うぅ……」

「あと五分……」

「もう朝食の鐘だぞ」


アグネスが呆れ半分で声を掛ける。


「おはよー、アグネス、フロム。今日も早いねえ……」


ニコが目を擦りながら朝の挨拶をする。


「おはよう。早く支度をしないと朝食に間に合わないぞ」


アグネスが訓練用の服に着替えながらニコに言う。


「うん。いまやる……」


絶対にやらない奴の台詞だった。

案の定、ニコはしばらく布団にしがみつき、サマンサも虚ろな目で天井を見つめている。


「ほら、置いていくぞ」

「待って待ってっ」


慌ただしく身支度を整え、四人は食堂へ向かった。



既に食堂には先輩の騎士たちが食事を開始していた。

焼きたてのパンの香り。

スープの湯気。

金属製の食器が触れ合う音。


しかし新人四人が入った瞬間、何人かの視線がちらりと向けられる。


「随分とゆっくりだな」


早速、ヴァスケスに絡まれる。


「おはようございます。ヴァスケス班長」

「なにが“おはようございます”だ。何で、先輩騎士たちより遅く来ている。お前たち、少し弛んでないか?」

「……」


四人は言い返すことができない。

特にニコとサマンサは、露骨に視線を逸らしていた。


「まあ、いい。この答えは訓練で聞かせてもらうからな」


ヴァスケスはそう言い残して立ち去って行った。


「怒らせちゃったかな……」

「まあね。とにかく食事にしよう。あの分だと、相当扱かれることを覚悟しておかないとね」


アグネスは何事もなかったように食事を開始する。

対照的にニコは、既に食欲を失っていた。


「(騎士って、会社員より過酷だ……当たり前だけど……)」


ニコはパンを小さくちぎって口の中へ放り込む。

だが味がしない。


周囲では先輩騎士たちが平然と談笑している。

それが余計に、自分たちとの差を突きつけてくるようだった。



「走れ、走れっ!! 敵は待ってくれないぞっ!! 止まったら最後だと思えっ!!」


四人は訓練開始からずっと走っている。

しかも背中には重石の入ったリュックを背負っていた。


朝の冷気はとうに消え、汗が制服の下に張り付き始めている。

靴底が地面を叩く音だけが、延々と練兵場へ響いていた。


「練兵場の地面は固いが、全ての戦場がこんなに良い環境では無いぞっ!! ありがたく思いながら走れっ!!」

「はいっ!!」


返事は返る。

だが、時間が経つにつれて声から余裕が消えていく。


フロムは黙々と走り続け、アグネスも歯を食いしばって前を向いていた。

一方でニコとサマンサは、徐々に足取りが重くなっていく。


「はっ……はっ……」

「む、無理……死ぬ……」

「死ぬ前に足を動かせっ!!」


ヴァスケスの怒声が飛ぶ。


結局、この日の訓練は一日中走りっぱなしだった。

訓練の終わりには、さすがのアグネスも、最後は肩で息を吐いていた。


ニコとサマンサは地面に大の字で転がっている。


空は赤く染まり始めていた。

夕暮れの風が汗で濡れた身体を冷やしていく。

しかし、一緒に走っていたヴァスケスは全く息が切れていない。


「よし。この結果がお前たちの朝の答えだな」


ヴァスケスは腕を組みながら四人を見下ろす。


「ニコ、サマンサ。お前たちは当分走り込みのみだ。体力を付けろ。動けなさすぎだ」

「は、はい……」

「アグネスとフロムは明日から剣術を追加する。以上だ」


その言葉に、ニコの胸が小さくざわつく。

自分だけ置いていかれる。

そんな感覚が、じわりと広がった。


「ねえ、アグネス……あたしもアグネスみたいになれるかな……」

「わたしみたいになれるかどうかは分からないけど、今のままじゃきついと思うよ」

「えっ」


アグネスに悪気は無かった。

ただ事実を口にしただけだ。

だからこそ、その言葉は重かった。


唖然とするニコを置いて、アグネスたちが立ち去っていく。

急に心の中に怒りと、悔しさ……そして悲しみが沸き上がる。


置いていかれる。

役に立てない。

騎士になったはずなのに、自分だけがまだそこに届いていない。


「(くそっ……絶対に追いついてやる)」


ニコは拳を握り締める。

夕陽が滲む視界の中で、ニコは自分の気持ちが分からないまま、決意だけを固めるのだった。



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