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第3話 戴剣の儀

ニコはそのあまりにも豪華な室内に圧倒されていた。


離宮に設けられた謁見の間は、王城のそれに勝るとも劣らない規模と威厳を誇っていた。

濃紫と深紅を基調とした色使いに、天井からは巨大なシャンデリアが輝き、光が壁や絨毯に柔らかく反射する。


壁には落ち着いた色調のクロスが張られ、その所々に銀の燭台が蝋燭の明かりを灯していた。

絨毯の模様は円をモチーフにしており、中央から波紋のように広がる紋様が織り込まれている。


この謁見の間に、新人騎士20名と、アレクシア団長、ヒルデガルド副団長の総勢22名が縦2列に整列している。


やがて侍従の声が静かに響いた。


「王妃陛下のおなりである」


その掛け声を合図に、全員が跪き、首を深く下げる。

微かな衣擦れの音が、廊下から近づいてくる。


「面を上げよ」

一度目では誰も頭を上げない。


「面を上げよ」

二度目の声で、全員が揃って顔を上げる。


目の前には王妃陛下。


よく見ると、そのドレスには細い金属の鎖が巧みに編み込まれており、足元は白いブーツで揃えられている。

そして何より、王冠は装飾用ではなく、戦装束の兜に近い形をしていた。


王妃陛下がヴァルキュリア騎士団の叙任式に合わせて戦装束に身を包んでいることに、全員がほぼ同時に気付く。


一瞬、空気が張りつめる。

胸の奥で尊敬と畏怖が混ざり、自然と背筋が伸びる。


「今日この時より、そなた達は我が王国の剣となり、鉾となり、王国を守っていかなければなりません」


「覚悟無きものはすぐにこの場から立ち去りなさい」


誰一人としてその場を去ろうとはしない。


「けっこう」


「戴剣の儀を始める」

侍従が声を上げる。


「名前を呼ばれた者は前へ」


新人たちの顔に緊張が走る。


「ニコレット・フォン・アスターハイム」

「はい」


ニコが最初に呼ばれた。

数歩進み、王妃陛下の前で跪く。


侍従が一振りの剣を王妃陛下に恭しく差し出す。


「面を上げよ」


ニコが顔を上げると、王妃陛下と視線がぶつかった。


王妃が剣を抜き、その冷たい光をニコの右肩にそっと置く。


次に左肩へ。


触れるたびに、胸の奥で何かがほどけ、何かが結ばれる。


「汝の勇気と忠誠を、王国はここに認める」


王妃陛下の声は、広間の石壁に吸い込まれるように響いた。


ニコの喉がわずかに震え、唇がかすかに動く。


「……この命、王国のために」


王妃陛下は剣を鞘に戻し、両手でニコに差し出す。

その瞬間、ニコの指先が剣に触れる。

冷たさと重さが、確かに自分のものになる。


「立て。──騎士よ」


立ち上がるニコを、広間の空気が見守る。

誰もが息を呑み、その姿を目に焼き付けようとしていた。


剣を胸に抱き、ニコは震える声で一言。


「……ありがとうございます」


その瞬間、純白と深紅の制服と剣が、未来への誓いを象徴するように光を受けて輝いていた。


侍従が静かに次の名前を呼ぶ。


「アグネス・ダークウッド」

「はい」


アグネスは一歩前に出て跪く。

王妃陛下の目を見つめ、肩に剣が触れた瞬間、胸の奥で決意の光が走る。


順番に、名前が呼ばれていく。


「サマンサ・ザイマー」……「フロム・ガーネット」……


新人たちはそれぞれ違う表情を見せる。

緊張で眉を寄せる者、微かに笑みを浮かべる者、震える手で剣を胸に抱く者。


しかし全員が、王妃陛下の目を見つめ、忠誠の誓いを心の中で唱えていた。


広間には、微かな衣擦れの音と剣が肩に触れる金属音、息を呑む列の仲間たちの気配が重なり、荘厳な静寂が漂う。


王妃陛下の声は石壁に吸い込まれるように響き、全員の胸に深く刻まれた。


侍従が全員の名前を呼び終えると、戴剣の儀は無事に終了。


アレクシア団長とヒルデガルド副団長は、整列した新人たちを静かに見守り、胸の内で微かに安堵の色を浮かべる。


王妃陛下は、全員を見渡して告げる。


「これにて、そなた達は正式にヴァルキュリア騎士団の一員と認める」


新人たちは立ち上がり、胸の前で剣を抱き、互いの目を見つめる。

喜びと緊張が混じり、微かな汗と呼吸の音が、純白と深紅の制服の間で揺れる。


ニコは再び剣を胸に抱き、震える声で静かに呟いた。


「……これから、全力を尽くします」


その声に、仲間たちも小さく頷く。

離宮の豪華な光に照らされた騎士たちの列は、まさに王国の未来を託された者たちの姿そのものだった。



叙任式が始まる直前まで時は戻る。


謁見の間には、下からは見えない位置に中二階の小さな空間が設えてある。

今、その場所に王女フラウセリア・アルデリオンの姿があった。


濃紫の薄布が垂らされた小部屋は、王族専用の観覧席なのだろう。

下からは姿が見えず、それでいて謁見の間全体を見渡せる。


「姫様……戻りましょう」

「駄目よ。叙任式なんて滅多に見られないんだから」


侍女の制止を振り切るように、フラウは手すりから身を乗り出して下を見つめる。

まだ、母である王妃陛下は姿を現していない。


それでもヴァルキュリア騎士団の新人騎士たちは、微動だにせず整列していた。


純白と深紅の制服。

張りつめた空気。

緊張に強張った横顔。


誰も言葉を交わしていないのに、静かな熱だけが広間を満たしている。


「(凄い……皆凛々しくて、素敵だわ)」


フラウは目を輝かせていた。

年齢の近い少女たちが、王国を守る騎士としてこの場に立っている。

その事実だけで胸が高鳴る。


ふと、その中に見覚えのある顔を見つけた。


「あ……」


入団試験の日。

泥だらけになりながら、必死に馬にしがみついていた少女。


転びそうになっても諦めず、最後には誰よりも嬉しそうに馬を撫でていた姿を思い出す。


特別剣が上手かったわけじゃない。

特別目立つ家柄だったわけでもない。

それでも何故か、目が離せなかった。


「(あの子……)」


そして侍従の声が響く。


「王妃陛下のおなりである」


謁見の間が一気に緊張に包まれる。


空気が変わった。

新人騎士たちが一斉に跪き、首を垂れる。


その中央を、王妃陛下が静かに進んでいく。


白銀を織り込んだ戦装束。

装飾ではなく実戦を思わせる王冠。

足元の白いブーツが、硬質な音を静かに鳴らす。


「御母様……」


フラウは息を呑む。


普段、優しく微笑む母とはまるで違う。

王国を背負う王族としての姿。

戦う者を率いる者の姿だった。


その神々しくも凛々しい姿に、自然と背筋が伸びる。

そして最初の名前が呼ばれる。


「ニコレット・フォン・アスターハイム」

「あの子だっ」


思わず小さく声が漏れる。


ニコが前へ進み出る。

真新しい騎士服を纏った姿は、試験の時とは別人のようだった。


「騎士服がすごく似合っているわ……」


緊張しているはずなのに、真っ直ぐ前を見る瞳だけは少しも揺れていない。

そして儀式のクライマックス。


抜き身の剣が掲げられる。


燭台の炎を反射した刀身が、白い光を放つ。


王妃陛下が静かに剣をニコの肩へ置く。

右肩に。

左肩に。


「汝の勇気と忠誠を、王国はここに認める」


広間に響くその声に、フラウは思わず息を止めていた。


騎士になる。

その意味の重さを、今ようやく実感する。


ニコが剣を受け取る。


その瞬間だった。


まるで少女だった誰かが、本当に“騎士”へ変わったように見えた。


フラウの胸が高鳴る。

そして小さな決意を心に誓う。

……絶対、あの子と、友達になろうと。



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