第2話 純白と深紅の誓い
「うわあ、これ凄いねっ!!」
ニコたちは今、食堂に居た。
食堂の机をくっつけて、巨大なテーブルにしている。
その上に綺麗に畳まれた制服や装備品が並んでいる。
純白と深紅を基調とした制服。
革製のベルト。
銀の留め具。
そして、一振りずつ並べられた細剣。
窓から差し込む朝陽が、金具の表面をきらりと光らせた。
「これ全部、あたしたちの……?」
サマンサが呆然と呟く。
「そうだ。今日からお前たちはヴァルキュリア騎士団の騎士候補生じゃない。“騎士”になる」
ヴァスケスの低い声が食堂に響く。
その言葉に、場の空気が少しだけ変わった。
浮ついたざわめきが、ほんの僅か静まる。
ニコは渡された制服を胸に抱きしめる。
純白と深紅の制服は、食堂の窓から差し込む朝陽を受け、柔らかな光を反射していた。
布地の冷たさと、手に伝わるしっとりした感触が、胸の高鳴りと混ざる。
天井の梁からぶら下がる小さなランプの光が、赤を一層鮮やかに映し出す。
「各自、サイズを測ってきたな。サイズが合わないときは大きい方を選べ」
ヴァスケスの声が木の壁に反響し、威厳と期待が入り混じった響きになる。
「うっ……あたし、靴のサイズ忘れちゃった」
「制服……丈は合ってるのに、胸がきつい」
「ぎっ……!」
二十人もの若い女性たちが、一斉に制服に群がる様は、まるで市場の福袋争奪戦のようだ。
カサリと布が擦れる音。
革ベルトの金具が鳴る音。
石鹸の香り。
誰かの小さな咳払い。
食堂は活気に満ちていた。
「(こんな光景、どこかで……福袋とかバーゲンセールで見たような……)」
ニコはちらりと記憶の底にある光景を思い出す。
しかし、目の前の光景は単なる買い物ではない。
自分たちの未来を象徴する制服を手にしているのだ。
「ニコ、見て。これ可愛くない?」
サマンサが嬉しそうに細剣の鞘を掲げる。
深紅の装飾が施された細身の鞘は、実用品でありながらどこか華やかだった。
「ほんとだ……騎士って感じする」
ニコは思わず笑みを浮かべる。
一方でアグネスは、既に黙々と装備の確認を始めていた。
「留め具の位置、ちゃんと覚えておいた方がいいよ。緊急時に手間取るから」
「えっ、もうそんな所まで見てるの?」
「装備の不備で死ぬこともある」
真顔で返され、ニコは思わず背筋を伸ばした。
「服が決まった者からさっさと着替えてこい。離宮行きに遅れたら懲罰だからなっ!!」
「はいー!!」
次々に制服を受け取った新人たちは、部屋の一角で慌ただしく着替え始める。
窓の外からは鳥のさえずり、遠くで馬が鳴く声がかすかに聞こえた。
ニコも急いで袖へ腕を通す。
真新しい制服は少し硬い。
けれど身体に馴染ませるように整えていくと、不思議と気持ちまで引き締まっていく。
鏡代わりの窓ガラスに映った自分の姿を見て、ニコは少しだけ目を丸くした。
「……ほんとに騎士みたい」
その呟きに、隣で着替えていたサマンサが吹き出す。
「みたい、じゃなくて今日から騎士なんでしょ?」
「そ、そうなんだけどさ」
ニコは照れ臭そうに頭を掻く。
すでに着替え終えた者たちは、背筋を伸ばし、整った制服姿で立つ。
砂埃に混じった朝の光が赤と白を照らし、彼女たちの緊張と期待を映し出す。
「あたしも早く着替えなきゃ」
ニコは小さく呟き、制服の感触を確かめながら着替えの続きを進める。
胸の奥が熱くなり、手が少し震える。
今日という日が、自分の人生を変える。
そんな予感があった。
◆
新人たちが立ち去った練兵場で、アレクシア団長とヒルデガルド副団長が静かに会話する。
「今年は20人か……何人残るかな」
「全員残ってもらわないと困るわ」
練兵場の向こうには朝霧に包まれた馬場と木々が並び、風が制服の裾をそっと揺らす。
遠くの城壁から鷹の鳴き声が響き、空気は微かに湿り気を帯びていた。
王都近辺では盗賊や魔獣の被害報告が増えているが、今はそれも遠い出来事に感じられる。
今日だけは、新人たちにとって特別な日だからだ。
「特にヴァスケスのお気に入りが二人もいるし、頑張ってもらわないとね」
「あいつらな……ニコだっけ。最初、馬にも乗れない奴が来て、どうしようかと思ったぜ」
ヒルデガルドが呆れたように鼻を鳴らす。
「でも最後には、一番馬と仲良くなっていたわ」
「仲良くなるだけじゃな」
「それでも才能よ。馬に嫌われる騎士は案外多いもの」
アレクシアは微かに笑みを浮かべる。
「あの子、根性だけはあるわ」
「……まあ、それは認める」
やがて着替え終えた新人たちが戻ってきて列を整える。
まだ制服に少し着られている感は否めないが、それでも見た目は一端の騎士だ。
初めて袖を通した誇らしさと、不安と緊張。
その全部が、彼女たちの表情に滲んでいる。
「さて、次が本番よ。気合を入れないと」
「ああ」
二人の表情が指揮官のそれに変わる。
微かに揺れる旗と風、そして制服姿の新人たち。
静かな朝の空気の中に張りつめた緊張感が漂う。
叙任式の扉はすぐそこにあり、彼女たちはこれから正式に騎士として認められるのだ。




