第1話 私たちはまだ半人前の騎士だった
正式入団の日。
合格の内定をもらってから二週間後。
ニコはヴァルキュリア騎士団の練兵場に居た。
もちろんニコだけでなく、他の合格者も一緒だ。
全部で20人ほど。
朝の空気はまだ少し冷たい。
だが、練兵場には独特の熱気が漂っていた。
皆緊張した面持ちで騎士団長の到着を待っている。
此処で団長からの訓示を受けた後、制服とかブーツとかが支給されるらしい。
その後、その制服に着替えて離宮に向かう。
離宮では王妃陛下が待っていて、そこで騎士になる為の儀式が行われるのだ。
「うー緊張する」
ニコが両腕を抱えて震えていると、背後から久しぶりに聞く声が聞こえてきた。
「ニコでも緊張するんだ。何も怖くないような顔してるのに」
「アグネスッ」
何だかよく分からないテンションで、思わずアグネスに抱き着く。
「アグネスも合格したんだね……あれっ、アグネスが合格するのは当たり前で、あたしの方がイレギュラーか」
「何をブツブツ言ってるだい?」
アグネスがニコを優しく引き離す。
「合格おめでとう。ニコ」
「ありがと」
短い期間とはいえ、一緒に苦楽を共にし、同じご飯を食べた経験は大きい。
試験中は毎日必死だった。
走って。
怒鳴られて。
馬に振り回されて。
泥だらけになって。
それなのに今は、不思議とあの時間が少し懐かしく思える。
よく見ると、自分たちと同じようにはしゃいでいる同期たちの姿が目に入った。
「見て、あれ絶対高級品だよ」
「王家直属だからねぇ」
「うわっ、緊張してきた……」
制服を運んでいる騎士団員たちを見て、小声で騒いでいる。
その光景を見て、ニコは少しだけ口元を緩めた。
「(みんな浮かれてるなぁ……いや、あたしもだけど)」
そこにあの声が響く。
「傾聴っ!! 全員整列っ!!」
ヴァスケス試験官の声だ。
ビクリと合格者たちの肩が跳ねる。
合格者たちがワタワタと二列に並ぶ。
「お、おい押すなっ」
「アンタが遅いのよ!」
さっきまでの和やかな空気が一瞬で吹き飛んだ。
ニコも慌てて列へ滑り込む。
するとヴァスケスが腕を組みながら鼻を鳴らした。
「合格したからって浮かれるなよ。お前らはまだ半人前以下だ」
厳しい声だった。
だが、不思議と以前ほど怖く感じない。
その言葉の奥に、
「ここから先は本物だ」
という意味が含まれている気がしたからだ。
そして其処へヴァルキュリア騎士団の正装をしたアレクシア団長とヒルデガルド副団長が姿を現す。
一気に場の雰囲気が緊張に包まれる。
純白と深紅を基調とした騎士団正装。
腰には儀礼用細剣。
胸元には王家の紋章。
ただ立っているだけなのに、周囲の空気が張り詰める。
「(うわ……格好いい……)」
ニコは思わず見入ってしまう。
特にアレクシア団長は圧倒的だった。
美しい、という言葉だけでは足りない。
戦場を知る者だけが持つ静かな威圧感があった。
「全員、休め」
ザザッ
全員が一糸乱れず、足を肩幅に開いて、両手を背中に回す。
顎を引き、視線は正面からずらさない。
「(いつも思うけど、これの何処が”休め”なのよ)」
ニコが心の中で悪態を吐く。
そうこうする内に、団長が正面に立つ。
そして合格者を順に見ていく。
まるで、一人一人を覚えるように。
ニコは思わず背筋を伸ばした。
「諸君。わたしがヴァルキュリア騎士団の団長アレクシアだ」
低くよく通る声だった。
「この後の行程については連絡があったと思うが、もう一度副団長から指示がある。傾聴するように」
「そして最後に、我が騎士団は諸君らの入団を心より歓迎する。以上だ」
簡潔な訓示だった。
「(どこぞの部長とか、学生の頃の校長に聞かせてやりたい訓示だったわ)」
そんな事を考えていると、ヒルデガルド副団長が正面に立っていた。
「今日の予定を説明する。最初にお前たちを5班に分ける。各班には班長がいるので、詳細は班長に聞け」
「はい」
「この後、お前たちに制服一式を貸与する。その制服に着替えたら、再びここへ集合。その後離宮にて叙任式を執り行う。作法に関しては班長に聞け。その後再び此処に戻り、解散。以上だ」
「はい!!」
全員の声が揃う。
「では班分けを発表する。まず第一班、班長ヴァスケス」
「はい」
「班員は、アグネス・ダークウッド」
「はい」
「フロム・ガーネット」
「はい」
「サマンサ・ザイマー」
「はい」
「そして、ニコレット・フォン・アスターハイム」
「は、はい」
「以上だ。ヴァスケスの元へ行け」
「はいっ」
全員でヴァスケスの元へ向かう。
ニコの肩が軽く叩かれる。
「一緒だったね」
アグネスだった。
「うん。一緒で心強いよ」
二人で笑いあっていると、
「駆け足っ!! 遅いぞっ!!」
さっそくヴァスケスの雷が落ちる。
「はいっ!!」
慌てて駆け出す。
その時だった。
ふと、ニコは練兵場の奥に視線を感じた。
離れた回廊の向こう。誰かがこちらを見ている。
白いドレス。
金色の髪。
だが次の瞬間には、人影は奥へ消えていた。
「……?」
「どうしたの、ニコ?」
「ううん。何でもない」
ニコは小さく首を振る。
この時はまだ知らない。
その人物と、自分の運命が大きく関わっていくことを。




