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第11話  最後尾の少女

時は少し戻り、ヴァルキュリア騎士団の入団試験が始まった頃。


「王女殿下、そちらは危のうございます。ダメでございますっ!!」


フラウセリア王女の専属メイド、エステルが王女の後から声を掛ける。


王女たちは今、離宮の外殻に位置する屋上テラスに居た。

夏場の天気の良い日にお茶会の場として開放されることがあっても、普段は人気のない場所だ。

白い石造りの手すりの向こうでは、王都の街並みが陽光に照らされている。

遠くには王城の尖塔。

そして、そのさらに奥には、ヴァルキュリア騎士団の練兵場が小さく見えていた。


その屋上テラスを突っ切るように王女は端まで進む。

裾の長いドレスが風に揺れた。

エステルは気が気ではない。


「殿下っ、本当に危険ですから……!」

「大丈夫よ。落ちたりしないわ」

「そういう問題ではございません……!」


その場所まで来ると、ヴァルキュリア騎士団の練兵場が見下ろせるのだ。


「最近、騎士団の入団試験をしているそうよ。興味ない?」


フラウセリアはエステルに話しかける。


「興味ございません。それよりそんなに身を乗り出されると危のうございます。どうかお下がりください」

「嫌よ。良いじゃない、此処には私とエステルしかいないのだから」

「だから駄目なんですよ。またメイド長に叱られる……」


エステルの苦悩をよそに、フラウセリアは身を乗り出して練兵場を覗き込む。


「ヴァルキュリアの方々は皆きちんとされているのだけれど……あの方だけは少し怖いわ」


そこではヴァスケスが大声で試験生たちに檄を飛ばしていた。

どうやら走るのが苦手な試験生がいるようで、ヴァスケスの檄の声が、風に乗って聞こえてくる。


「走れっ!! 止まるなっ!!」

「戦場じゃ誰も待ってくれねぇぞっ!!」


怒声に近い声。

普通の貴族令嬢なら泣き出してしまいそうな勢いだ。

エステルが小さく肩を震わせる。


「やっぱり怖い方です……」

「でも、不思議ね」

「え?」


フラウセリアは目を細める。


「怒鳴っているのに……ちゃんと見ている気がするの」


ヴァスケスは厳しい。

だが、本当に駄目になりそうな者には必ず視線を向けていた。


フラウセリアが見ると、ひとりの少女がヘトヘトになりながらも走るのを止めないでいる姿があった。

どう見ても自分と同い年くらいの少女が、必死になって走っている。

その前方には、疲れなど感じさせないペースとフォームで走る女性たちの姿があった。


「凄いわね……あんな速度で走って……息が切れないのかしら……あの子みたいに」


フラウセリアはそう言いながら、最後尾を走る少女の姿にくぎ付けになっていた。

汗で髪が張り付き、呼吸も乱れている。

走り方だって綺麗とは言えない。


それでも。

少女は止まらない。


何であんなに頑張るのだろう。

何であんなにつらい事をしているのだろう。

疑問と同時に少女への興味が湧いてきた。


「……あの方、騎士になりたいのかしら」


ぽつりと零す。

エステルは困ったように笑った。


「皆さま、騎士に憧れて入団されるのでしょう」

「そう……なのかしら」


フラウセリアは小さく首を傾げる。

不思議だった。


自分は生まれた時から王女だった。

望む望まないに関係なく、“王女として生きる”ことを決められていた。


けれど、あの少女たちは違う。

苦しくても。

つらくても。

自分で選んで、あそこへ立っている。


それが少しだけ眩しく見えた。


暫くそんな様子を見ていると、ヴァスケスが終了の声を上げる。

試験生たちが続々とゴール地点を駆け抜ける。


「がんばれ……あと少し」


いつの間にかフラウセリアは、自分でも気づかないうちに、最後尾の少女に向かって声援を送っていた。

その少女はフラフラになりながらも最後まで走り切った。


少女は気づいていないが、周囲の試験生たちからも声援と拍手が沸いていた。

その中には、先に走り終えていた金髪の少女――アグネスの姿もある。

彼女もまた、最後尾の少女へ静かに拍手を送っていた。


フラウセリアも誰もいない屋上テラスから拍手を送っていた。


「……最後まで走り切ったのね」


その声はどこか嬉しそうだった。


「殿下……そろそろ戻りませんと……」


少し憔悴したエステルが話しかけてきた。


「そうね。そろそろ戻りましょうか」


そう言った瞬間、王女の表情が変わる。

今まで試験生を応援していた無邪気な表情が消え、王族らしい威厳に満ちた表情に。


背筋が伸びる。

歩き方も変わる。


“フラウセリア王女”が戻ってくる。


フラウセリアはゆっくりと歩み始める。

エステルがその後ろをついていく。

いつもの日常に戻る。


けれど王女の脳裏には、最後まで走り切った少女の姿が残っていた。

あんなにも不格好で。

あんなにも必死で。

それなのに、何故か目を離せなかった少女。


フラウセリアが応援していたニコと出会うのは、もう少し先だった。



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